2007年10月31日水曜日

レズビアンの娘を勘当した首相


カンボジア首相、レズビアンの娘を勘当する

「勘当する」とは最近はもう耳にしない古い言葉ですが、要するに親子の縁を切るということです。カンボジアのフンセン首相が自らのプライバシーを公にするのは珍しいことですが、娘がレズビアンであることが判明したため勘当したことを公の場で認めたというニュースを紹介しておきます。(Bangkok Post,Oct.31)

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首都プノンペンの卒業式に集まった3000人の聴衆を前にしての告白でした。「メディアや他の教育関係者などが同性愛を容認するよう教育しているのは知っており、自分なりに納得はしていた。しかし、それが現実に自分の家族の一員の問題となると、全くどうしていいかわからなかった。

「私の娘が他の女性と結婚したのです。今ちょうど、裁判所に娘を我が家から除籍するよう申請してきたところです。」 後ほど放送された国営放送では、このコメントは編集されて(つまりカットして?)放送されたそうです。

「私は全国民を教育することはできます。しかし、この養女だけは教育できませんでした。私は失望しています」と付け加えました。フンセン内閣の公式ウェブサイトによると、フンセン首相には5人の子供がいるが、一人の娘は養女だということです。

カンボジアの社会背景として、2004年2月に時のシアヌーク国王は自分のウェブサイトを通じて同性愛者の結婚を容認して、「民主カンボジアでは男と男、女と女の結婚を認めるべきである」との見解を発表しています。

ただ、保守的なカンボジアの仏教社会ではこのような進歩的な態度は支持されているとは言い難く、同性愛者は家族や周囲から異性間の結婚をせまられるケースが多いようです。

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首相という地位にある人の率直な発言にはちょっと驚きました。イタリアの前首相ベルルスコーニ氏も夫人の「公式謝罪」の要求をかわしきれずに、マスコミの前で一連の浮気を認め公式に謝罪しましたが・・・・

フンセン首相の率直さは評価するとして、ちょっと気になるのが「この養女だけは教育できませんでした」というくだりです。子供をちゃんと教育すれば同性愛は防げると思っているのではないか。当事者のみならず同性愛を理解する人はみな、同性愛は趣味や周囲の影響とは関係ない次元のことであることは周知のことです。しかし、社会全体がこの理解を共有していないのがまぎれもない現実です。

この状況はどの先進国でも発展途上国でも、同じようなものです。ただ、同性愛者にとって少し住みやすい地域があるだけです。州によっては同性愛者の結婚を認めるアメリカでさえ、ごく一部の州のことであり、その州内でも反対者が半分近くあると思って間違いないでしょう。

昨年7月にバンコクで開かれたゲイ・レズビアン会議で注意をひく発言があり、後日ネットで発表されたダイジェストニュースを興味をもって読みました。

会議のパネリストの一人が「同性愛の原因は脳内のプログラムに起因しているもので、これはこの世に生まれる前からすでに組み込まれている。生を受けてからの環境や教育とは関係ない」という主旨だったと思います。要するに、ゲイ、レズビアン、トランスセクシュアルなどの性的少数者はすべてこれに該当するわけで、私の考えと同じだったので記憶しています。

ただ、この時他の学者からも強烈な反対意見があり、「科学的根拠がない」のがその反対理由だったと思います。結局、けんけんがくがくのやり取りのあとこのテーマは痛み分けに終わったわけですが、今後の議論の向かう方向が見いだせたという大きな意義があったのではないかと思います。

性的少数者に寛大で比較的に住みやすいタイでも、法的な整備がされていないせいで、またタイ特有の遺産相続法もからんでくるため、同性愛者やSRS後のGID当事者の正式な結婚は認められていないのが現状です。

カンボジアのフンセン首相が縁を切った娘さんと和解する日がくるでしょうか。彼の言う「教育」ではなく、正しい教育には気の遠くなりそうな時間がかかりそうです。また、「科学的根拠」というのはいつ見つかるのでしょうか。

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2007年10月7日日曜日

タイのTSグループ、性別変更の立法化を求める


TSグループ、権利獲得の立法化を求めて立ち上がる

先回にビューティ・クイーンの話題を取り上げましたが、今回は個人のレベルから性的マイノリティーの人たちの社会的な権利獲得をめざす運動に目を向けてみましょう。

日本ではすでに戸籍上の性別変更に関する法律も実施されていて、まだ問題を残しているとはいえ性別適合手術などの一定の条件を満たせば、戸籍上の性別記載の変更や結婚もできるようになりました。

一方、性転換手術の先進国であるタイでは、TSやゲイなどの性的マイノリティーに対する社会的認知度は高く、表面的には自由のある暮らし安い社会に思えますが、実情はかなり違っていて他の国と同じ問題をかかえていることが以下の記事からもわかると思います。

これもタイの英字新聞ネット版に載っていた記事から要約したものです。(The Nation;August 15&27, 2007)

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「TGタイランド」というグループを結成したTGビューティ・クイーンのヨランダさんは、女性としての権利を得るために<ミス>と正式に呼ばれるように性別記載変更を求めるキャンペーンを開始しました。2005年の「ミス・アルカザー」に選ばれたヨランダさんをはじめ、有名なTSボクサーで<ノントゥム>として知られるパリニャさんなどが発起人として名を連ねており、TSやトランスベスタイトが自らの性自認により本来の<ミス>と呼ばれるように性別記載変更を求める運動を起こし、国会の立法委員会に法律変更を求める要求書を提出しました。この問題は女性及び家族問題に関する協力推進協議会で審議され、国会での法案提出に向けて準備が整えられています。本日(8月15日)も人権擁護委員会のナイヤナ女史とのキャンペーンに関する説明会が予定されています。

政府側の見解では、男女どちらの側であれ性別変更を伴うこの案件は婚姻届や不動産所有権などとも関係してくるため、また多くの省庁や法律と関連するため公聴会を経なければならないということです。

ヨランダさんによれば、このキャンペーンが成功すればさらにトランスジェンダーを兵役義務から除外するという現行の規定を変えるための闘争も考えているとのことです。それは兵役義務免除の理由が<精神的倒錯により>とされているからです。

ヨランダさんによれば、銀行取引時の書類作成、求職活動時の面接、海外旅行、などに際して数多くの問題にぶつかった経験を味わっている。「これは書類上の性別と自分の女性としての外観がマッチしないからです。わたしたちのジェンダーが変わったならば、個人的な書類上の記載も変わってしかるべきです。実際には、わたしたちは普通の女性と同じ扱いを求めているのではなく、われわれTSの権利を認めて法的な保護を与えてくれること、そして政府・民間を問わずわれわれを社会の一員として受け入れて欲しいだけです。」

24歳のクロスドレッサー、サシパットさんは性別を女性に変えることで就職活動がずっとやりやすくなると言う。男性向けの仕事に応募しても女装しているためその場で不採用になるからです。「性転換手術をして本来の女性になるのがわたしの夢ですが、トランスジェンダーやトランスベスタイトの多くがそれを望んでいると思います」とサシパットさんは言う。

同じく24歳のトランスジェンダー、ラモンさんも似たような経験を話す。スウェーデンまで行って英語を勉強し、帰国後ホテルの仕事に応募しテストの成績は最高点を取れたのに、書類の性別が男性であったため採用されなかったのです。

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(2点の写真はいずれもMiss Tiffany Thai 2004の優勝者で、この記事とは直接の関係はありません)
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この記事の数日後に別のグループ(Gay Political Group of Thailand)が声を上げ、トランスセクシュアルだけに法律を変えるのは問題があると立法委員会に申し立てを行いました。

このグループの委員長のナティーさんによると、「肉体上の性別は精神の性別ほどは重要ではないと思う。トランスベスタイトもその精神的な特徴やライフスタイルは女性と同じであり、立法委員会はトランスセクシュアルと同じ権利をわれわれにも与えるよう考慮すべきです。トランスベスタイト人口はTSよりはるかに多いはずです。TSの人たちと同じようにわれわれも就職や海外旅行などにおいて同じ問題を経験しているのです」。

ナティーさんはさらに、トランスベスタイトたちは(ゲイも含め)性別変更の権利が得られたにしても、決して気軽に性別変更してあとで後悔するような軽率な行動はとらないこと、踏み切る前に自分の本当の性をじっくり確認すること、また政府もそのためのくわしい情報を提供すること、などを要求しています。

一方、先行の「TGタイランド」グループのヨランダさんは、立法小委員会の会合に10人の代表を送り込み、さらにオーストラリアから専門家を招き、アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドなどの法律上の詳細につき説明してもらうことにしています。

トランスセクシュアルとトランスベスタイトに<ミス>への性別変更は、あくまで希望する者だけを対象とすべきで、肉体的及び精神面の診断、社会的な適応性なども考慮したのちにその権利が与えられるべきでしょう。ヨランダさんとそのグループは当面の要求として、IDカード、パスポート、運転免許証などの個人的な書類上の性別変更だけしか考えていないことも付け加えました。

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日本のいわゆる「身分証明書」は会社や所属する組織が個別に発行するのが普通で、日常的には健康保健証や運転免許証がIDカード代わりに使われています。タイなどの東南アジアではIDカードは最も重要な書類で、これがないと社会的に存在しないも同然です。

性転換手術では先進国であるタイですが、GIDに関する法的な整備は全くされていないのは驚きと同時に残念なことです。しかし、今年になって性的マイノリティーの社会的な運動が活発になっていて、5月には有名なノボテルホテルのナイトクラブに入場を断られたトランスベスタイトがホテル側を訴え、同情する幅広い層がボイコット運動をしかねない状況にまで発展し、ついに世界有数のホテルチェーンであるノボテルの経営陣が公式に謝罪するという出来事がニュースになりました。

表面的には大らかで住やすく見えるタイの社会ですが、性的マイノリティーの実情は必ずしもそうではなさそうです。今後スムーズに法的な整備が進むことを願うばかりです。

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2007年9月29日土曜日

タイのTSビューティ・クイーン美談


タイのTSビューティ・クイーン美談

ビューティ・クウィーンとして有名なタイのTS女性が多くの美人コンテストで稼いだ賞金で牛を買い、故郷の貧しい多くの農家に寄贈して収入の道を開いたという美談がタイの英字新聞ネット版に載っていましたのでご紹介します。(The Nation;June 19,2007)

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17歳の時に性転換手術を受けて本来の女性になったアーフさんは、30歳になる今年までビューティコンテストに700回も参加して有名でした。彼女はパタヤの「ミス・アルカザー」やバンコクの「ミス・サイアム」コンテストなどで数々の成功を収め、合わせて200個ものトロフィーを獲得しました。

美人コンテストを引退した後のアーフさんは故郷のロッブリ県に帰り、ブラーマン牛を育てる仕事を始め、獣医の助けも借りずに人工授精でさらに牛の数を100頭にまで増やしました。

アーフさんは大の動物好きで、故郷の野牛が急減しているのが気がかりでした。そこで、自分の賞金やコンテスト参加者たちからの寄付金を元手に、屠殺場に送られる運命にあった野牛や農耕牛を買い取り、その内30頭を地元の貧しい農民に無償で譲り渡しました。飼育して生まれた子牛を売って農家の新しい収入への道を開くと同時に、彼女の望みは将来の世代のためにこのような動物を保護して残していくことです。

アーフさんの58歳になる父親のオデさんによると、アーフさんが女装を好む性志向を持っているのを知ったときは驚いたが、しかったりして惨めな思いはさせたくないとの思いから事実を受け入れるようになった。ただ、いい人間になって欲しい、麻薬などには手を出さない、美人コンテストのキャリアは長くは続かないのでまじめに仕事して貯金をすること、だけはしっかり教えたそうです。

性転換手術を受けた後も、アーフさんが立派に仕事をこなし、家族に心配をかけることなどなかったことを父親としてとても喜んでいる。彼女は子供のときから動物が好きで、絶滅しそうな野牛を救い、貧しい農民を助けている今の娘の姿を見て誇りに思うと言っている。

(アーフさんの写真がないのが残念です・・・・)
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タイでは10代早々からホルモン治療を始め、SRSも二十歳前に済ませるケースが多いようです。そのせいかショービジネスで活躍する美形のTSが多く見られるのも事実です。上の記事とは直接の関係はないですが、このテレビインタビューの画面のように毎年ビューティコンテストが話題になるのがタイらしいところです。コンテストによっては日本人の参加者もいることも付け加えておきます。(写真は2007年「ミス・ティファニー」の受賞者3人)


2007年9月9日日曜日

全身センサーの皮膚感覚


全身センサーの皮膚感覚

9月7日の日経新聞(夕刊)一面に次のようなコラムが載っていました。先端医療、IT技術、など新技術が次々と脚光をあびている世の中ですが、この熟年記者のたいへん時宜を得たその簡潔な文章に私は感服しましたので、原文のまま紹介させて頂きます。

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《頭部センサー》

ベテランの外科医が言った。「内視鏡手術が盛んだが、僕は開腹して患部を触り、どこまで切るか判断する」。電機メーカーの幹部が応じた。「エンジンでも、最後は手でなでて良しあしがわかる」

ドアは自動開閉、蛇口はノータッチ、暗くなると点灯する街灯と、手を汚さずにすむ便利な時代である。接触に不慣れなせいか、込んだ車内でも離れて座る人が増えた。

だが、機械を介しても判断するのは人間。指先の微妙な感覚、全身センサーの皮膚感覚を忘れては危険だ。当方の地肌むき出しになった頭部など、季節の変化を気象庁より早く察知する。(修)

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これと関連した話を思い出しました。かなり前の新聞か何かで読んだ記憶がありますが、世界最大の航空機製造会社ボーイング社の社長が表敬訪問で日本を訪れましたが、その訪問先は(たしか)東京都大田区の名もないような町工場のおやじさんでした。ボーイングの最新鋭航空機に使われる重要な部品の最終仕上げはその町工場のおやじさんの手作業でしかできないから、というのが表敬訪問の理由だったと記憶しています。

それと似た話ですが、天文台の天体望遠鏡に使われる巨大なレンズも、精密機械を使って何千分の一ミリの誤差までは研磨できても、レンズ曲面の最終仕上げはやはり熟練した職人が手作業で磨いて仕上げるという話を覚えています。すぐには信じられないような話ですが、人間の手で触れたその感覚が、精密さを誇るコンピュータ制御の機械よりもさらに確実で信頼性があるという話しにはある種の感動をおぼえます。

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さらにSRS医療世界にまで話を広げますと・・・・
PAIのプリチャー医師はMTFの手術をわずか3時間で終えるというのは本当の話しで(他の医師なら7時間が普通)、患者さんに同行する私も経験的にも知っています。3000例を越える手術経験もさることながら、先生の話してくれた「企業秘密」もあるのです。その秘密の一部を明かしますと、MTFではもともとない所に新膣用の空間を造る手術工程に一番時間がかかります。直腸や膀胱などの内部器官を傷つけないように細心の注意が必要だからです。

先生の秘訣は、ある地点まで到達するとメスはもう使わずに、自分の指先だけで掘り進んでいくことです。これが一番安全で、早くて、確実な方法である、と確信をもって話してくれました。集中した指先が一番信頼できるセンサーであり、それが医師の脳と直結して最速で最適な判断方法になっているということでしょう。

これらの話しにはみな共通点がありますね。最近よくある名医を取り上げたテレビ番組のように「神の手」などと大げさに美化したくはありませんが、外科医の指先・手先はどんなコンピュータにも勝るセンサーであることは間違いないと思います。SRS関連の手術はとくに先端技術を駆使した高度医療とは縁の薄い分野で、医師の手先の技術と造形センスがものをいう世界であることを改めて認識した次第です。清潔で近代的な病院の中であっても、人間の体にメスを入れる外科医師は「町工場のおやじさん」でいいのです。

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2007年9月1日土曜日

日本から外科医がいなくなる?



「これでいいのか日本の外科医療」

今年の3月17日に埼玉で開かれたGID学会に出席したとき、埼玉医大でSRS手術を受けた患者さんが術後の症状について相談にいっても相手にしてもらえない、と苦情を述べたところ、埼玉医大の先生からは、医師不足でなかなか思うように対応できなくて・・・という弁解めいた答弁がありました。医科大学病院で医師不足とは、一体どういうこと?と私はそのとき不審に思ったことを覚えています。

その後、日本各地で産婦人科や小児科医が不足していて、社会問題になりつつあるのを新聞やテレビで知らされることが多くなりました。つい3日前にも奈良県で受け入れ先の病院が何時間も決まらず、救急車の中で流産のすえ胎児が死亡するという事件が起こりました。これまでもこの分野の医師は勤務時間が読めなく不規則であるため、若手は敬遠しベテランは早期引退か転科するケースが多いとは聞いていましたが・・・・

ところで、昨日8月31日の日本経済新聞(朝刊)に驚きました。2ページぶち抜きの座談会形式の意見広告「このままでは、日本から外科医がいなくなる」が目に飛びこんできました。危機感をあらわにしたこの「広告」からは、医療現場からの悲鳴が聞こえてくるように感じられました。これを読んで、あの埼玉医大病院での「医師不足」や「性転換手術中止」の意味がやっとわかってきたように思えたのです。

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全文を読む機会のない方のために、参考までに要約だけ掲載させて頂きます。まず、以下の見出しだけでも内容の概略がわかります。
・外科医、外科志望者が急減  医療の将来に強い危機感
・外科医に大きな負担が集中  数の不足とは別の要因も
・医療の質を強く求める国民  若い医師は「3ない」を志向
・他科に比べて多い周辺業務  若い外科医の負担増に
・日本の医療費は最低水準  外科医の待遇改善も必要
・二十一世紀は治療学の時代  体に優しい個別化の医療へ
・医療費抑制策は見直しを  国民の視点で各論を議論

まず、座談会司会者の言葉から・・・・
「6月22日―23日に東京で開催された第32回日本外科系連合学会学術集会では、外科系医師の不足問題をはじめ、深刻な外科医療の実情が報告されました。労働環境の劣悪さや医療リスクの高さなどから、現場の外科医は疲弊し、外科を志望する若い医師が減少しています。そこで、外科医療に深くかかわってこられた先生方に・・・・」

以下、座談会出席者の方々の意見を抜粋・要約して掲載させて頂きます。
兼松隆之 日本外科学会会長
「疲弊して肩を落としながら働いている先輩の外科医をみると、医学生や研修医は外科を生涯の職種として選択することに二の足を踏むのは当然でしょう。そのような厳しい環境の中でも、外科医は高度の技術と安心医療との両方を求められるのです」
「外科は一人前の腕を発揮できるようになるまでには、ほかの領域に比べて時間がかかります。5年間外科の修練を積めばどのような手術ができるようになるのか、10年たてばどうか、あるいは外科専門医の資格を取得すればどのような処遇がされるのか、といったわかりやすい指標を示すことも必要かと思う」

中島正治 社会保険診療報酬支払基金理事
「私も以前は外科医として臨床と研究をしていたので外科医の友人たちともよく話をしますが、彼らは口をそろえて、最近の外科の現場はきついのでもう辞めたいと言います。若い外科医たちもかなり音を上げているようです。そうした状況は、産婦人科や小児科でも同じです。私は行政に移って20年ほどになりますが、こうした状況になったのはここ数年という印象です」

鈴木満 日本医師会常任理事
「国民の医療に対する目も非常に厳しくなっており、国民が医師を批判的に見る傾向も強まっている。そうしたことも医師の偏在をもたらしているのではないか。今の研修医は、経営基盤のしっかりした病院、訴訟につながるような問題を適切に自己保全ができるような医療施設を選んで研修を受けようとしています」

北島政樹 国際医療福祉大学副学長
「かつて若い医師は、汚い、きつい、厳しい、という3Kを嫌うといわれましたが、今は「救急がない」「当直がない」「ガンがない」の「3ない」の診療科を選ぶ医師が多いのです。日本の医療は医師の奉仕で長年支えられ、質の高い医療を低コストで提供してきたわけですが、最近の若い医師は自己犠牲を強いる日本の医療に見切りをつけたということではないか。「3ない」を求め、低賃金で高リスクな医療現場から離れていくのです。」

兼松隆之 日本外科学会会長
「外科医がもっとも時間とエネルギーを使うのは手術です。また、その手術の前後の管理も外科本来の仕事です。それに加えて、以前に比べて重要性を増しているのが患者さんへの説明です。インフォームドコンセントも以前とは異なり、かなり時間をかけて、詳しくお話をするようになってきました。ただ、その説明の場の設定が患者さんの都合に合わせて、夜間や休日となることも少なくありません」
「アメリカであればテープに録音しておけば専任のタイピストが仕上げてくれる手術記録も、日本ではほとんどの外科医が疲れた体に鞭打ちつつ仕上げています。また、手術で取り出した標本の整理も待ったなしです」

加藤治文 東京医科大学副学長
「近年は医療技術が著しく進歩しており、それに伴って習得すべき知識や技術も着実に増えています。また医療の安全がより重要視されるようになり、医療現場に求められる業務内容もより複雑化しています。そうしたことの多くが若い医師に委ねられており、劣悪な労働環境というのはそれらの積み重ねだと思います。これらの課題を改善するためには、資金も必要ですが、医療費の抑制がその阻害要因になっているのではないでしょうか」

北島政樹 国際医療福祉大学副学長
「単に医療費の対GDP比を上げようというだけでなく、その配分方法まで考える必要があります。例えば、米国のように診療費をドクターフィーとホスピタルフィーに分け、診療に対する医師の意欲を高めるなどして、医療そのものの活性化を図ることが医療現場の改善にもつながると思います」

兼松隆之 日本外科学会会長
「二十世紀後半は診断学が急速に進歩した時代で、CTやMRIなどの画像診断技術が開発され、血液検査でも診断の精度は格段に向上しました。二十一世紀は治療学の時代で、その治療学の中心こそが外科学です。」

北島政樹 国際医療福祉大学副学長
「今から130数年前に、医師でない福沢諭吉が、将来はあたかも口の中を見るように子宮や胃の裏まで観察できるようになると、腹腔鏡を予見していますが、その中でまた、「医療は外科より進歩す」とも述べています。今、二十一世紀の医療はまさにそのようになってきているのです。体に負担の少ない個別化した治療を実現するためにはコストもかかると思いますが、積極的に発展させていくことが重要だと考えています」

鈴木満 日本医師会常任理事
「以前は、経済的で技術も優れているといって、海外から日本に来て手術をする例がありましたが、最近は同様の理由で、日本人がシンガポールやタイなどへ手術旅行に行くという話を聞きます。そうした状況はたいへん残念ですし、絶対に是正されなければならないと思います。世界の人たちが日本の医療を求めてくるように、医師の手で医師の環境整備を行う必要があると考えています」

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護送船団方式に守られた日本の医療制度が、きしみを起こして悲鳴を上げているのが聞こえるような気がしました。今後の日本の将来を考えると、医療界だけでなく政治、行政、さらに国民自身の意識改革がせまられているのではと強く感じます。

病院自体の崩壊・閉鎖などもヨーロッパ、アメリカなどの先進国ではめずらしくなく、日本もその仲間入りを果たしているのが昨今の現状です。一例を上げれば、訴訟社会として有名なアメリカを見習ってか、日本でも医療訴訟が増えています。明らかな医師・病院側の過失に泣き寝入りはしないという患者側の姿勢は評価できるとしても、手術を受けても治らなかったり、死亡したら医師の過失として訴えるのは珍しくなくなりました。これは良いことなのか、それとも医療崩壊への一歩なのか・・・・、欧米先進国から学ぶことはまだまだありそうです。

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タイの病院事情について
私の知るタイ国でも公立、私立病院間での医療格差が問題になっています。原因は単純なのですが、前首相のタクシン氏が与党の人気取り政策としてろくな議論もせず導入した「30バーツ治療」のため、公立病院ではどんな治療であれ30バーツで治療しなければならなくなったのが発端です。30バーツといえば日本の経済感覚では吉野家の牛丼一杯の値段です。国民皆保険制度のないタイでは、とくに地方の低所得層はよろこび、他のばらまき政策も手伝って、次の選挙で与党は歴史的な大勝利をおさめ、タクシン氏は思うままの政治運営を行います。当然のように利権がはびこり、都市の知識階層や学生が反タクシン運動を起こし、ついに昨年9月の外遊中にクーデターで首相の地位を失い、未だに亡命生活を送っています。

公立・私立病院での格差とは要するに、医師側がこんな治療費ではろくな待遇も期待できないと、多くの医師が私立病院へと転職していったための医療レベルの格差です。このため中流以上のタイ人は値段が高くても私立病院を選ぶ傾向が強くなっています。上の座談会にも出てきますが、アメリカと同じくタイでも、患者から受け取る治療費には「ドクターフィー」として医師個人の取り分が病院の取る「ホスピタルフィー」とは明確に分けられています。有能で症例数も多い医師なら収入も比例して多くなるわけです。この分母となる数字が、牛丼一杯分の30バーツでは医師がやる気をなくするのは攻められないでしょう。

その影響があるかどうかは別として、タイの私立病院は医師や看護婦の数は豊富だといえます。病院間の患者獲得競争もあり、設備や治療法なども最新のものを海外から導入して、年間100万人をこえる外国人患者を治療するアジアのメディカルハブを目指しています。これはタクシン前首相の功績かもしれませんが・・・・

日本のSRSの将来は?
SRSに係わる私たちにとって5月の埼玉医大のSRS中止のニュースは全く想定外の出来事だったと思います。発表された学長の談話には、一時中断するとのニュアンスがなきにしもあらず、でしたが事実上は再開困難だというのが私の個人的な感想です。理由は簡単です。最初から実際の手術を担当され中心的な存在であった先生がお二人そろって辞められたこと、この手術は一人では困難な複雑な手術であること、後継者が育つには多くの症例をこなし経験を重ねるしかないこと、日本にはSRSを教えるだけの経験医が存在しないこと、そしてどこの医大や病院でも失敗した場合のリスクに対応する自信がなく、おっかなびっくりでやっていること、などです。

先日、プリチャー先生が来日した折りに言うには、「どこの国の医師も同じだが、医師というのは自分独自の技術はひとには教えたがらないものだ。しかし、わたしは乞われればどこの国の医師でも自分の技術を教える用意がある、企業秘密も含めてだ。」

「ブルーボーイ事件」などもう言い訳にするのははずかしいです。先進国である日本でSRSができない、などという情けない状況にはなってほしくないと本心で思います。

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2007年8月27日月曜日

コーディネーターの仕事内容の詳細


コーディネーターの仕事内容の詳細

事前カウンセリング
SRS関連の手術は通常の病気の場合とは異なるため、またタイのバンコクという外国で行うため、現地に出発する前の予備カウンセリングが必要です。これは現地の病院に着いてから予定した手術法に不適格と診断されるのを防ぐためにも踏まなければならないステップです。医師より必要と判断される場合には、デジタル写真をメール添付で送って頂くこともあります。

提出する診断書のチェック
・精神科医(又は同等の資格を有する医師)のGIDを証明する診断書
・手術日の1ヶ月前の健康診断書 (手術に問題がないことをチェックするため)
・すでに受けたGID関連手術の内容をできるだけくわしく教えてください。
・必要と思われる場合には過去の手術記録のコピーを提出して頂くこともあります。

(注1: これらの書類は日本語のままで結構です。英訳はコーディネーターが行います)
(注2: 日本での提出はコピー、オリジナルはバンコクに持参してください)

手術日の予約
患者さんの希望に応じて手術日を予約し、手術室および手術チームのスケジュールを確定します。

予約金の支払い
手術代金の10%を予約金として事前に日本でお支払い頂きます。このお支払いをもって手術日が確定し、スケジュール通りに医師、手術室と手術スタッフが確保されます。手術費残額(90%相当)は手術日の午前中に病院で直接支払って頂くことになります。PAIへの支払いはドルに替える必要はなく、日本円の現金払いが両替手数料がかからず便利でお得です。

(注1: キャンセルする場合は手術日の15日前までは全額返却しますが、これ以降については返却できません)
(注2: 予約金の支払いを証する領収書は英文で発行されます)

全体の経費予算の見積り
手術費、その他病院関係費用、渡航費、ホテル代、食費、交通費、雑費などの経費の見積もりのお手伝いをします。別途コーディネーター関係経費もお見積もりいたします。

バンコク渡航日程の検討
手術内容により最短で必要なバンコク滞在日数から、また患者さんの仕事上のスケジュール等も考慮して、滞在日数と渡航日程を確定します。

チケット・ホテル等の予約確保
旅行代理店やインターネットを通して患者さん自身で行っても結構ですが、心当たりのない方はコーディネーターがお手伝いします。なお、退院後に移るホテルはできるだけ病院に近いホテルを選ぶようにしてください。帰国前に必ず医師の最終チェックがあるからです。

バンコク空港送迎
一足先に現地に行っているコーディネーターが空港でお出迎えし、ホテルまたは病院までお連れします。帰国時には空港までお送りし、航空会社のカウンターで搭乗前および飛行中の患者さんへの特別な配慮をお願いする手配をします。場合によっては車イスの手配もしてもらうことができます。

バンコク滞在中の通訳・コーディネーション
病院には日本人(またはタイ人)通訳が勤務しており、医師との手術前の説明や手術後の回診のときの立ち会いはしてくれます。ただ、病院所属通訳はあくまで病院全体の通訳であり、プリチャー先生のPAI専属ではありませんので、通訳が必要なときにタイミングが合わなくて困ることもあります。術後の経過の説明や帰国後のケアについては、手術内容により、また患者さんの状況により医師側の説明は大切ですので、通訳の同席はたいへん重要なことです。

医師とのコミュニケーション
外国人の患者を扱いなれたタイの有名病院の医師は英語ができますので、医師との会話は英語で十分です。ただ、手術のことや術後の症状について質問して答えを理解するには、かなりの英語力と手術内容の理解が必要です。日常会話程度の英語ではかえって誤解が生じるもとにもなりますので、日本人で少々英語ができますという程度では、過信は禁物です。この意味で、医師とも面識があり、SRS手術について知識と経験のある日本人通訳の存在意義は大きいとお考えください。

滞在中のパーソナルケア
個室に入院中は原則として食事制限はなく、なにを食べても自由です。果物などを食べたいとか、日本から必需品の忘れ物をした場合でも、物資が豊富なバンコクではほとんどのものを買うことができます。病院付きの通訳には個人的な用事は頼めませんので、同行のコーディネーターがいれば気楽に頼めます。また、退院後には体力の回復を見てから、買い物や街の見物に出かけることもできますが、日本からのコーディネーターは要望があれば同行しご案内いたします。帰国後に使用する医薬品などもバンコクの薬局で安く仕入れることができます。

帰国後のアフターケア
SRSは手術が終わっても術後のケアがたいへん重要です。回復期間中の症状の変化や痛みなど、当事者が不安に思うことはよくあり得ます。そういう時に、気軽に相談できるコーディネーターの存在は欠かせません。手術の性質上、他人には相談しずらいですが、カウンセラーは手術の写真や映像、患部の状態などには慣れていますので、遠慮なく相談できます。気になる症状があればコーディネーターが医師に問い合わせて指示を仰ぎます。また症状によっては日本の病院での検診と治療をおすすめする場合もあります。

PAIを再訪して安心チェック
問題らしい問題もなかった場合でも、半年とか一年後にバンコクに観光旅行する機会があれば、その機会に手術部位の回復状況のチェックを受ければ、さらに安心してその後の生活を送ることができます。日本からの事前予約が必要ですが、PAIではアフターサービスの一環として特別なケースを除き無料でチェックが受けられます。

コーディネーター費用について
PAIに支払う手術費実費とは別に、別途コーディネーター費用をご負担頂きますが、この中には私自身の旅費・滞在費も含まれます。現地でのパーソナルケアは必要ないと判断される方には、ご希望に沿ったアレンジをいたしますのでご相談ください。MTFとFTMでは入院期間、滞在日数やその他の条件が異なる場合が多いため、コーディネーター関連経費については個別に見積もりさせて頂きますので、お問い合わせください。

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SRSコーディネーターの役割


SRSコーディネーターの役割

手術のために外国に行くには、かなりの勇気と決断がいります。SRSという手術自体が不安なのに、タイのことなどほとんど予備知識がない。タイ語はもちろん、英語もおぼつかない。入院中はともかく、退院後から帰国までの期間はだれか面倒を見てくれるだろうか。

MTF手術の場合は5日の入院期間のあとホテルに移ってからは、すべて自己管理で帰国までの約10日間を過ごすことになります。病院所属の日本人通訳はいますが、個人的な面倒まではみてくれません。一人での食事も味気なく、どこで何を食べればよいかも迷います。話し相手もいない、術後の経過についても相談相手もいないのでは、精神的な不安はつのります。友人や家族の付き添いが可能な方はいいとして、単独で来られる方も時折見受けられますが、その不安な心中を察すると胸が痛みます。

私自身は東京に住んでいますが、原則としてバンコク空港でのお出迎えにはじまり、無事に帰国されるまでの個人的なお世話もふくめて、バンコク滞在中のあらゆる面倒を見させて頂くのが私のSRSコーディネーターとしての役目だと思っています。

また手術を済ませて帰国すればすべてが終了というわけではありません。MTFの場合は手術後6ヶ月から1年に及ぶ、当事者個人の自己管理と責任で行うダイレーションという非常に大事な作業があります。(FTMは数段階に分けた手術を行うこともあります。)本来の性での本格的な生活を目指している回復期間中には、医師に聞きたいことが必ずあります。その場合に医師との仲介役として、対処法などを聞き不安材料を取り除くお手伝いをするのもコーディネーターの重要な役目です。プリチャー先生も常に帰国後のフォローアップ・ケアの重要性を強調されております。

コーディネーターの役割を要約しますと、次のような場面でパーソナルケアを提供することです。

1) 事前のSRS手術の概略説明
2) 医師や病院、バンコクについての予備知識
3) 適格条件のチェック・予備カウンセリング
4) 手術日の予約、バンコク渡航の相談
5) バンコク国際空港での出迎え
6) 医師のカウンセリング時の通訳
7) 手術日の付き添い
8) 手術後の入院中のお世話
9) ホテル移動後の個人的なお世話
10) 帰国後に使用する薬品類などの購入手配
11) 食事、買い物、観光の付き添い
12) 退院後帰国までのPAI通院時の付き添い
13) バンコク空港までのお見送り
14) 手術後1年間のフォローアップ・ケア

次回ではコーディネーターの仕事内容をより具体的に説明いたします。

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2007年8月19日日曜日

酷暑お見舞い


日本は暑い、タイより暑い、とこぼしていたら、タイからお見舞いのメールが届きました。

中を開けてビックリ!タイミングのよいお見舞いだったので、暑気払いに皆さんにもおすそわけさせてください。

ここをクリックして、ヤフーメールの画面から「ファイルをダウンロード」を選び、ポップアップが出たら「アプリケーションで開く」を選んで「OK]すれば、パワーポイントのスライドショーが始まります。クリックする毎に画面が進行し、最後にクリックしてアウトします。

酷暑と酷寒。その中間が来るのがまちどおしいですね。くれぐれもお大事に。


2007年8月15日水曜日

DR. PREECHAのSRSセミナー参加御礼


Dr.PreechaのSRSセミナー参加御礼


このサイトでも予告しましたように、PAIのプリチャー先生のSRSセミナーは、8月11日と12日の二日間に分けて銀座東武ホテルにて開催いたしました。参加されたFTMとMTFの方々には、SRS手術に関する熟練した経験医師からの直接的な情報を得る数少ない貴重な機会であったと思います。

参加者の方々からも大変好意的なご感想をいただきました。この場を借りてあらためて参加者の方々にお礼申し上げます。プリチャー先生も結果には大いに満足で、大好きな日本食も堪能されて月曜日に帰国されました。

今回は参加できなかったGIDの方々からご要望があるようでしたら、次回のプリチャー先生の来日時にまたセミナーを開催することも検討しますので、私のメールアドレスまでご連絡ください。

PAI認定SRSカウンセラー
島村 政二郎

masa.shimamura@gmail.com


2007年7月21日土曜日

DR.プリチャーによるSRSセミナーのご案内


DR.プリチャーによるSRSセミナーのご案内

大の日本びいきであるPAIのプリチャー先生が、タイの週末連休を利用して8月に来日いたします。その機会にSRSの実際についてセミナーを催すよう依頼しておりましたが、日程をやりくりして実現できることになりましたのでご案内させて頂きます。

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セミナーの内容: 
SRS手術の実際について、スライド写真等を使った解説と参加者との質疑応答。(日本語通訳つき)

日時:(時間が以下に変更になりました) 
●8月11日(土曜日) 午後5時30分―7時30分[FTM手術の実際]

●8月12日(日曜日) 午後4時―6時 [MTF手術の実際]

場所: 
「マリオット銀座東武ホテル」B1会議室
東京都中央区銀座6丁目14-10 (昭和通りに面する)
電話 (03)3546-0111
http://www.tobuhotel.co.jp/ginza/

行き方: 
地下鉄銀座駅より徒歩5分、東銀座駅より1分。
銀座6丁目「松坂屋デパート」横の通りを東銀座方面に歩き、昭和通りに出ます。昭和通りに面した6丁目の角(7丁目手前)にホテルの入り口があります。

会場:
会場はロビーから吹き抜け階段をB1に下りると目の前に「DR.PREECHAセミナー」のサインがあるはずです。参加者は左手にある会議室「タブロー」に直接お入り下さい。受付は中で行います。

参加資格者: 
少人数のセミナーですので、GID当事者(10人まで)に限定させて頂きます。

参加費: 無料

申し込み(問合わせ): 
8月6日(月)までにEメールで下記アドレスに申し込んでください。お名前とFTM,MTFの別を明記してください。
Eメール: masa.shimamura@gmail.com

プリチャー医師について: 
DR.プリチャーの経歴・SRS実績等については、当サイトの1月18日付けの投稿「PAIについて」を参照してください。

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2007年7月10日火曜日

親・家族のためのGIDガイド (その3)

親・家族のためのGIDガイド (その3)


治療へのステップ

性的な違和感をやわらげるため、医師の診断なしに自分で女性ホルモンなどを購入して服用を始めるなどのケースも現実には少なからずあります。しかし、正式な治療に向けて進むには通らなければならないステップがあります。これには厳密な順序があるわけではありませんが、医学的な治療へ進むためには必要な段階を経ないと健康上の障害も起こり得ますので、まず精神科医の診断から入るのが常道です。

精神科医の診断
まず正式な治療の第一歩は専門医による診断です。精神科医なら誰でもよいわけではなく、GIDを扱った経験のある精神科医が望ましいですから、事前に医師の経験を確認してから訪問するようにしてください。また、医科大学などの付属病院にはジェンダークリニックを設置している病院もありますので、調べてから行動を起こしてください。

ホルモン治療
精神科医に相談のうえ、問題なしと判断された場合には、ホルモン注射・投与による女性化(MTFの場合)や男性化(FTMの場合)が始まります。すでに誰にも相談しないで、あるいは当事者同士の情報交換でホルモン剤を購入して治療を開始している人もいますが、専門医の指導を受けることが大事です。手術後もホルモン治療は続ける必要があり、素人判断では精神不安定などの症状に悩むことがあります。

治療費用の準備
いったんホルモン治療を始めると、身体の中で女性化(または男性化)が進行しているため、もう後戻りはできません。希望する最終目的に向けて費用を確保する計画を立てなくてはなりません。手術を希望する場合には多額の費用がかかりますので、計画的に資金計画を立てる必要があります。

手術を受ける医療機関の検討
MTFであれ、FTMであれ、精神科医やホルモン治療だけではGIDの症状は消えることはありません。ほとんどの場合、最終的には何らかの外科的手術が必要になります。日本では1964年に起こった「ブルーボーイ事件」という不幸な不祥事のため、性転換手術は医学界では異端視された結果、欧米諸国やアジアの他の国とくらべて大きく出遅れました。その結果、正式な形の性転換手術は1998年に再開されたものの、経験のある医療機関や医師は非常に限られていて、2007年現在でも日本全体の症例数は100例にも達していないのが現状です。いつまで待てばよいかわからない国内での手術よりも、経験豊かな外国の医師の手術を受けるという方法も、大いに現実味のある選択肢として検討する必要があるでしょう。

家族へのカムアウト
親や兄弟だから理解してくれるだろうと楽観はできません。逆に身内だからこそ認めたくないという心理が働くのもわかります。家庭内の平穏を乱すような内容だからです。同居している親なら、日頃の言動から何かおかしいとは感じているはずなので、時間をかけて徐々にGIDの情報を与えて理解を助ける準備期間も必要でしょう。全員に同時にカムアウトする必要はなく、家族の中でも一番信頼できる人にまず打ち明けてみるのもいい方法かもしれません。

社会的カムアウト
いつ誰に、どのように打ち明けるかは大変重要です。友人はともかく、職場での人間関係や仕事の関係先に対しては慎重に考えて行動する必要があります。信頼できるGID当事者、職場の上司、友人にまず相談して、時間をかけてあせらずに行動してください。手術が無事終わってからも、以降の仕事や社会生活にいかに適合していくかはますます大事になります。

名前の変更手続き
精神科医の性同一性障害との診断書が下りれば、名前を変更する手続きができます。パスポートなどの性別欄変更は性別適合手術が終了するまで待たなくてはなりません。

脱毛処理など
男性から女性の場合(MTF)では、顔のひげ、手足の脱毛などの女性化に向けての準備にかかります。これには長期の時間とかなりの費用がかかりますので、できるだけ早めにとりかかる必要があります。またSRSに直接関係する部分の脱毛は個人差がありますので、できるだけ早い段階で医師またはカウンセラーに相談して必要な処置をすることが大事です。

声の女性化
MTFの場合には女性的な声をどのようにしたら出せるか、というのは大いに気になる問題です。男性的なのど仏を小さくするには外科的な手術が可能ですが、声の質を変えるのは外科的な方法ではほぼ不可能と考えた方がよいでしょう。声のピッチを高くするのは手術で可能といえば可能ですが、結果としてどのような声になるかは予測ができませんので、リスクの高い方法といえます。世界の専門家の最大公約数としての意見では、俳優のようにじょじょに女性的な発声法を練習して身につけていくのが一番現実的であるということです。FTMについても同様のことが言えます。

メーキャップ・服装
これも自分なりに試してみて、時間をかけて慣れていくしかないようです。ただ、あまりに女性を強調したメーキャップをすると不自然さが目立ち、違和感を与えてしまいます。服装も同じです。まず中性的(ユニセックス)な印象をイメージしてじょじょに慣らしていくのがよいでしょう。

戸籍の性別記載の変更
これは性別適合手術が終了して、医師の診断により反対の性に類似した外観の生殖器官をもつことが確認されるまで待たなくてはなりません。手続きは各地の家庭裁判所の管轄となり、必要書類提出後3ヶ月ほどで許可がおります。これで、パスポートなどの公的書類の性別変更も可能になり、社会生活に関連する書類等もすべて性別表記の変更ができます。

社会生活への適合
これで本来の自分の性での生活が本格的に始まることになり、それまで周囲へのカムアウトはある程度進んでいるわけですが、これで解決と考えるのは危険です。まだまだ周囲は自分が期待するほど理解しているわけではありませんので、慎重に配慮しながら職場や社会環境に適応していかなければなりません。まだまだショックを受けるような周囲の反応がありうるという心の用意はしておかなくては無防備というものです。周囲に悪意があるわけではありません。GIDというのはそれほど普通人には理解がむずかしいという一言につきます。

手術後の治療の続行
手術が終わればすべて完了というわけではありません。術後1ヶ月ほどで社会生活に復帰できます。約6ヶ月で安定して手術跡も気にならなくなりますので、それまでに大きな問題がなければひとまず安心してよいでしょう。ホルモン治療は引き続き専門医の定期的な診断を受けながら続けなくてはなりません。

性別適合手術(SRS)について
前にもふれたように、すべてのGID当事者が手術を望んでいるわけではありません。手術しなくても反対の性での社会生活さえ満足にできればよい、と考えているGID当事者もいるのは事実です。ただし、世界的にみても性転換手術なしには自分の長年の悩みは解消できないと思う人が大部分を占めているのも事実です。また、医者の方から「あなたは手術すべきです」とか「手術は必要ありません」と言うことはありません。通常の病気とは違うため、手術するかどうかはGID患者自身しか決められないのです。

ほとんどの国で性転換手術には保険は適用されず、日本でも同様です。また多額の費用を覚悟しなければなりません。さらに実施している医療機関や経験医が少ないため、数ヶ月から1年上の待ち時間が必要なのが実情です。

 MTF手術(男性から女性)の概略

病院や医師により手術方法が異なる場合があります。以下はタイのPAIを主宰するプリチャー医師(MTF手術実績は3,300例と世界で最も実績のある医師の一人)の手術方法を参考例とします。

●睾丸摘出 (これだけは利用価値のない唯一のものです。残りはすべて役に立ちます。)
●陰茎の加工 (陰茎の周辺をとりまく海綿体はそぎ落とされますが、陰茎は切り取ることはなく、亀頭の一部はクリトリスとして利用されます。ひも状の神経組織もそのまま生かされます。尿道も短くして再利用されます)
●新膣形成 (深さ約15センチの膣となるポケットが、内部の周辺組織を傷つけないように慎重に造られます)
●陰茎の皮膚及び陰嚢の皮膚を利用して、膣の内壁が造られます。
●クリトリスの形成 (亀頭部分を小さくして恥骨部分に埋め込み、感覚はそのまま残ります)
●新尿道が形成されます。(術後5日間はカテーテルで排尿します)
●陰嚢の皮膚を利用して大陰唇、小陰唇が形成されます。
●MTF手術の所要時間は3時間で、このワンステージですべての手術が完了します。
●病室はすべて個室で、入院期間は5日間。その後ホテルに移り、その10日後には帰国できます。
●MTF手術費用はUS$8,100です。(2007年6月より)
●豊胸手術や顔などの女性化のための美容整形手術も同時に受けることができます。


 FTM手術(女性から男性)の概略

FTM手術も280例の実績のあるPAIの手術法を参考例とします。通常は4段階に分けて、また3ヶ月から6ヶ月の間隔をおいて次のステージに進みます。

●第1ステージ: 卵巣・子宮摘出、尿道延長術、乳房切除術 
(手術費US$8,100)(バンコク滞在:7-9日間)
●第2ステージ: 陰茎形成術 (腹部皮弁使用) 
(手術費US$6,900)(バンコク滞在:16日間)
●第3ステージ: 尿道形成術、シリコン睾丸形成術 
(手術費US$3,500)(バンコク滞在:8日間
●第4ステージ: 陰茎にシリコン挿入、亀頭形成術、必要な場合の修正手術 
(手術費US$3,500)(バンコク滞在:6日間)
●手術後にはペニス自体の性感はありませんが、クリトリス性感は維持され、性的満足感を得ることは可能です。また立ったまま小便ができるため、男性としての実感がわきます。
●第4ステージまでの手術費総額はUS$22,000です。(2007年6月より)


親はどう対応すべきでしょうか

息子や娘から性の違和感について打ち明けられたときは、当人にとってはもう我慢の限界に来ているときと思って間違いありません。しばらく様子を見ていれば変な症状は消え去るのではないか、という希望的観測や理解できないからと無視する態度をとるのは最悪です。

まず子供の決心を尊重してあげること、そして前向きに協力して進めるようサポートする意志を伝えることです。何ヶ月もかけるのでなく、出来るだけ短期間に親の意向を明確にして勇気づけてあげることが大事です。

前途にはまだ直面しなくてはならない多くの問題がありますが、家族が理解し合うことによって、悲観的ではなく現実的な対応策が必ず見つかるものです。

子供の性的違和感の症状について親として自らを責めてはなりません。本当に信頼できる一人の友人にまず相談するのもよいでしょう。家族全員に伝えるのは急ぐ必要はなく、タイミングをみて判断した方がよいでしょう。

気分が落ち着いたら地元にある自助グループに連絡してみるのも、今後の方針を探るのに役立つかもしれません。すでに多くの困難を乗り越えてきている体験者、先駆者の話を直接聞ける機会でもあります。

医師やカウンセラー、自助グループなどを共犯者とし敵視してはなりません。かれらはあなたの息子や娘を誘拐しようとしているのではなく、サポートの手を差しのべているだけです。

医師の診断を経て姓名変更ができた場合には、本人の希望する新しい名前で呼ぶように心がけるのも大きな精神的サポートになります。

新しい性での服装やメーキャップについては、傷つけない配慮はしながらも当人の参考になる意見を言うのも新しい親子関係を築くのにはいいことでしょう。

性同一性障害についての出版物はすでに数多くあります(参照:amazon.co.jp)。インターネットでも参考になる情報が次々と提供されていますので、できるだけ目を通して知識と共通の言語を身につけるのは大いに役立ちます。「知識は力なり」を早速実践してみましょう。


治療へのガイドライン

日本精神神経学会が2002年に提言した「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン-第2版」に、治療へのガイドラインが示されています。その中で基本方針とみなされる部分を、本稿の最後に治療への指針として以下に引用させて頂きます。

「性同一性障害の当事者における性のありかたは、極めて多様である。このことは、社会において価値観が多様化するなかで性のありかた自体も変化し、従来築かれた男女の性意識が変遷し、求める性役割も大きく変貌しつつあるという状況とも関係すると考えられる。このような実態を踏まえると、性同一性障害の治療は、単に男か女かという二分法的な性のとらえかたに依拠するのではなく、本人のなかで培われ、一貫性をもって持続するようになったジェンダー・アイデン ティティを尊重して、本人が最も良く適応できる諸条件を個々のケースにそって探り、その達成を支援することであるといえる。」

「性同一性障害の多様性について、初版ガイドラインにそった治療を求めるもの以外に、次のような例も認められる。身体的性別の特徴を希望する性別のものに変えたいと願いながらも、ホルモン療法を受けずに性器に関する手術のみを希望するケースや、あるいは乳房切除術ないしはホルモン療法だけを望み、性器に関する手術を希望しないケースもみられる。また強い性別違和に悩み種々の矛盾を感じながらも、家庭生活や社会生活を優先させるために精神的サポートのみを希望するケースなどがある。」

「このように当事者が求める治療は多様なものであるが、治療の必要性が性同一性障害に由来しており、治療によって社会に適応しやすくなるという恩恵がもたらされるのであれば、医療の立場から貢献するに十分な理由があると考えられる。性同一性障害にみられる多様性に対して画一的な治療を遵守させるのではなく、ジェンダー・アイデンティティのありかたと当事者自身の求める社会適応のありかたを尊重すべきである。したがって合理的で正当な範囲において、自己の責任において治療を選択し決定してゆくことが最善であると考えられる。」

     *****
3回に分けたこの稿を一応しめくくりますが、家族の方に一番求められているのは、この性同一性障害に長年苦しんできた自分の家族の一員を、できるだけ理解しようと努め、物心両面でサポートしてあげること、そして大事なのは当人の選ぶ治療方法、生き方を尊重して見守ってあげることではないでしょうか。


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参考文献:
●イギリスのTS当事者団体「GIRES」のウェブサイト(http://www.gires.org.uk/)(GIRES=Gender Identity Research and Education Society)
●日本精神神経学会「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン-第2版」
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2007年6月19日火曜日

親・家族のためのGIDガイド (その2)


男と女は脳内構造が違う

GID(性同一性障害)がどのようにして発生するかまだ解明されているわけではないですが、仮説として受け入れられつつある説が前稿でもふれた生物学的な要因です。つまり、胎児の発生段階から生物学的な生成過程において、遺伝子やホルモンなどの相互作用によって脳内の構造が決定されていきます。この胎児の成長過程で、脳内の性意識の発達に生物学的な要因が大きな役割を果たしているという説が有力視されています。性意識とは、「男」か「女」であるかを自ら認識する脳の機能の一部です。これは身体の特徴の外観で「男」「女」を識別できる、外観による自己の性別認識とはまったく別ものと考えてください。

頻繁ではないにしろ、脳の性自認と、身体の性別を示す特徴が一致しないという現象が起こります。これは男女を問わず起こりますが、自らの意識している性自認と身体の性別との違いに気づく過程や、何歳ごろから意識するようになるか、またその違和感の程度などは個人により大きな開きがあります。このミスマッチが、何が引き金になって、どのようにして起こるのかが解明されていないのは何とも歯がゆいばかりですが。


トランスジェンダー(TJ)

この性自認と身体の性別との違いに違和感をもつ人たちは、「トランスジェンダー」または「TJ」の総称で知られています。トランスジェンダーの人たちが自らの性自認に基づいて表現している、社会的な行動はバラエティーに富んだものです。ある人は別の性別での行動は(例えば男性が女装する)、週末だけでも精神的に満足する。ある人は、行動範囲を広げて女装での買い物などの外出機会を増やし、またある人たちはグループの集まりに参加したりして、性自認を社会的にも自ら検証しながら違和感のない生活を送ろうと努めたりしています。


トランスセクシュアル(TS)

トランスジェンダーは医学的な治療は必要としない人たちもいて、カバーする範囲が広い総称です。その中に、自らの性自認に合わせて、身体の性とは別の性役割で生涯生きていきたいという、強い押さえることのできない感情を抱く人たちがいます。こういう人たちは一般人口から見れば少数ながら存在し、この人たちが「トランスセクシュアル」と呼ばれています。この用語には性別をトランス(=横断)するという意味合いがあり、それには、「男から女」へ、また「女から男」との両方があります。

「トランスジェンダー」と「トランスセクシュアル」の人たちの間で明確な定義があるわけではないですが、「トランスセクシュアル」という言葉は身体の「外観上の性別」から「性自認の性」に向けて横断中か、またはすでに横断をすませてしまった人たちを指す場合に使われているようです。男性から女性へのトランスをしている人は「トランス女性」、女性から男性へトランスする人は「トランス男性」となるわけです。このけわしく長い距離を横断して目的地にたどりついた人たちの多くは、その後は単なる「男性」、または「女性」として生きることを望んでいて、また周囲からもそのように扱って欲しいと願っているはずです。


ホモセクシュアル(同性愛)との違い

「性指向」と呼ばれるのは、性行動において同性を好むか異性を好むかという、パートナーとしての好みの方向性の問題です。その意味で、性指向が同性のみに向けられるゲイやレズビアンの同性愛者と、頭の性自認と身体の性の不一致に悩むトランスセクシュアルとは明確に区別して考える必要があります。簡単に言えば、同性愛者は性自認と身体の性に違和感はなく、身体の性を変えたいなどと考えたこともなく、今のままでハッピーなのです。一方、トランスの場合は、手術までしても身体の構造を変えて、頭で自認している性に合わせたいと切望している人たちです。

話しがさらに複雑になりますが、トランスの人たちの間にもストレート(異性愛)の人もいれば、ゲイ・レズビアン(同性愛)、バイセクシュアル(両性愛者)、エイセクシュアル(性無関心者)、などがいて性指向の点では普通の人と変わりません。また性指向が胎児の脳の発育過程と関係あるとの見方が研究者の間では支持されつつあり、それは根拠のない説ではなさそうです。それが証明されると、ゲイやレズビアンの同性愛者も、この世に生まれる前にすでにその性指向が決められていたということになります。

性的少数者を総称して英語の頭文字から取った「LGBTI」(=Lesbian,Gay,Bisexual,Transgender,Intersex)には共通して、生物学的な要因が関係していますが、これまでの説明からも両方にまたがるケースもあることがわかります(例として、TS+Lesbian)。また、共通しているもう一つの問題は、これら「LGBTI」の人たちは自らの責任ではないにもかかわらず、社会的に差別を受けているという事実です。社会の無知と無理解と、そして理解できない人たちを恐れて遠ざける心理がその根底にあるのではないでしょうか。


「セックス」と「ジェンダー」の区別

基本のおさらいになりますが、男性と女性を区別する特徴には二つの要素、「セックス」と「ジェンダー」、があります。「セックス」とは、肉体上の構造のことを指し、性器の外観だけでなく精巣(睾丸)や卵巣などの内性器も含み、男性と女性ではそれぞれが異なった構造になっています。「セックス」は日本語としては狭い意味の性行為を指して使われることが多く、海外旅行で記入する書類などに「SEX」という欄を見るとなんとなく違和感を持つことがあります。要するに、体の性別のことなのですが・・・・。

「ジェンダー」は二つの要素に分かれます。その一つが「性自認」で、誰から言われなくても自分で自覚している「男の子」か「女の子」かの性別意識のことです。もう一つは、「性役割」(=Gender Role)というもので、自分が社会的に男か女のどちらの役割で行動するかという規範です。昔にくらべると大幅に男女間の平等意識が高い社会になったとはいえ、学校では服装は明確に分けられ、スポーツや遊びゲームも別々なのが普通です。また、興味の対象もそれぞれ違っていて、付き合う友達も性別にグループが分かれます。

社会一般的には、性自認と性役割は一致していて、人間はみんな「男」と「女」の二つの種別に分類されると思い込んでいます。「男の子」は大きくなると「男」になり、「女の子」は「女」になるわけです。誕生して体の性別が判明するやいなや、自動的にその子の性自認も同じだと想定されるのです。ところが、時には少数とはいえミスマッチが起こるのに驚いてはいけません。外観の性別から周囲や社会が期待するものと、当人が内面で感じて行動で表現したいことがまったく合わないのです。このような状態が、当人にとっては深刻な「性別違和感」となって意識されるようになります。それはうつ病に近い症状かもしれません。


手術による治療に向けて

幼児期から思春期を経て、さらに成人期を迎えるにつれてこの性別違和感はますます激しくなり、我慢の限界と感じる人も少なくありません。違和感の程度には差はありますが、トランスセクシュアルと自認する人たちは自ら自覚している性自認に従って生きることを決意して、医学的治療を開始する人も多くいます。これはそれまでの社会的通念とは反対の性で生きるということであり、軽々しくできる決心ではありません。もう後戻りはできないのです。

その一歩としての精神科医による「性同一性障害」であるという診断に基づき、ホルモン投与の治療に入り、最終的には外科手術により身体の性別を本来の性自認に合わせる「性別適合手術」(=性転換手術)を受けるという順序で進みます。最初の治療開始から手術までは最短でも2年間はかかるのが普通です。男性から(本来そうあるべきだった)女性にもどるトランスセクシュアルは「トランス女性」であり、女性から本来の男性にもどる人は「トランス男性」と呼ばれます。手術の結果として自分本来の性にやっと戻れたことにより精神的な調和を得て、新たな人生を前向きに歩み始める当事者が多いという事実から、この性別適合手術の持つ医学的、社会的意義をもっと肯定的に評価すべきではないでしょうか。


手術後の性指向

前にもふれたように、性違和感は性指向とはまったく関係ありません。トランスの当事者も普通の人たちと同じように、パートナーの好みの対象は反対の性の場合もあれば同性の場合もあり、またどちらの性でも良い人、さらには性行動には興味を示さない人など、さまざまなケースがあります。興味深いのは、性別適合手術を済ませるまでは、手術後に自分の性指向かどの方向に向かうのか分からないというケースが多いことです。それまでと同じかもしれないし、また変わってしまうかも知れないということです。

性に関することはこのように不思議なことが多いのは事実で、当人だけでなく家族にとっても大きなストレスになりますが、性違和感・性同一性障害という症状は、病気ではないと同時に精神の病とはまったく関係ないということを、治療への第一歩の段階でよく理解しておく必要があります。


法的な環境整備も進む

国際的にも広く認められるようになった性同一性障害は、日本でもその対象者であるトランスの人たちの法的な権利がだんだん認められるようになっています。治療の一部は保険の対象にもなり、また名前の変更、さらに2004年からは性別適合手術を済ませた人には戸籍上の性別変更も可能になり、すでに50人をこえる対象者の戸籍変更が家庭裁判所で認められています。その他のあらゆる公的・私的書類の性別変更も可能になり、さらに、新しい性別にもとづき正式に結婚する道まで開らかれています。

もし家族の方が成人した息子または娘からその悩みを打ち明けられたとしたら、そのときは当人にとってはもうすでに我慢の限界に来ているときだと解釈してもよいと思います。家族の精神的サポートをもっとも必要としているのです。その時に家族、とくに両親の理解が得られるか、少なくとも理解しようとする姿勢が見られるかどうかが、当人の今後の治療に向けての取り組みに大きな影響を与えるのは間違いありません。

打ち明けるには勇気がいるのです。それを尊重して、理解を示してあげるのが親にできる大きな第一歩です。それが何よりも力強いサポートになります。現実には親から拒絶されるケースが多いのを見聞きするにつけ、なにはできなくても我が子を理解しようとする親らしい態度だけは示して欲しいと願わざるをえません。

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前稿のおさらい的な内容が多くなりましたが、次回は具体的な治療に向けてのステップを追っていきます。
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参考文献としてイギリスのGID研究・TS当事者支援団体「GIRES」のウェブサイトを利用させて頂きました。(http://www.gires.org.uk/)(GIRES=Gender Identity Research and Education Society)
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2007年6月9日土曜日

親・家族のためのGIDガイド (その1)



性同一性障害(GID)とはどういうこと?

人間は幼少のころから自分が男であるか、女であるか、人から言われなくても自覚するようになります。その自覚にもとづいて男の子は男らしい、女の子は女らしい行動を自然にとるようになり、これを性の自己認識、つまり「性自認」と言います。その頭で自覚している性自認が、身体に表れている男の特徴(または女の特徴)と合致しないという症状が日本では「性同一性障害」と呼ばれています。同様のケースが世界中に数多くありますので、国際的には「GID」(=Gender Identity Disorder)として認知されています。

ざっくばらんに言えば、頭では自分は女の子だと思っているのに、オチンチンがくっついている。この違和感に気付くのは早い人では2-3歳ごろから、遅い人では思春期から自覚するようになり、歳とともにその深刻さが増してくるのが普通です。その違和感のもたらす深刻さは、おそらく常人には想像できない性質のものでしょう。

この性自認と身体の違和感には軽度の場合もあれば、どうにも我慢のできないほど深刻に悩むケースなど、さまざまです。年齢によっても悩みの度合いは違います。深刻な場合にはその最終的な治療方法としては、身体の方に手術で手を加えて(いわゆる性転換手術)、頭の性自認に合わせる方法しかありません。そこまで考えている性同一性障害者は「トランス・セクシュアル」、略して「トランス」と呼ばれています。トランスとは「男から女へ、女から男へ横断する」という意味です。また「トランス・セクシュアル」を略して「TS」とも呼ばれます。これらは蔑称ではなく、当事者たちが世界中で共通に使っている言葉です。医学上は「トランスセクシュアリズム」(=性転換症)という名称が付けられています。


GIDはなぜ起こる?

科学、医学の進歩した今日でもまだその正確な原因は解明されていません。ただ、仮説の段階ではありますが、男と女の脳の神経回路には明確な違いがあり、その回路構造の違いが「男」、「女」の性自認を区別している、という見解が研究者の間で注目されています。この「男」「女」に分かれる性分化は胎児期から始まり、誕生直前、そして誕生後も発達を続けます。これは他の哺乳動物でも同じことです。この性分化の進行にホルモンが重要な役割を果たしている、という仮説が一般的になっていますが、具体的に何がどうしてそうなるのか、というメカニズムはまだ解明されていません。

子供の性自認は普通ならば身体の特徴と一致しています。つまり、男の子なら男の子らしく振る舞い、女の子は他の女の子と同じような言動を好むものです。ところが、少数ながら身体の性別とは違った性自認をもつ子供が生まれます。この頭と身体の不一致は成人するにつれて変化する場合もあり、変化しないケースもあるため、子供の段階で将来を決めつけることはできません。ただ、身体の特徴に合わせて男(または女)として育てても、また親としてそのための環境を整えてあげても、この頭と身体の不一致が大人になっても執拗に続き、その結果トランス・セクシュアルとしての生き方を選ぶ場合も少なくありません。そして、その症状が精神科医や専門医によって「性同一性障害」として認定された場合には、ホルモン投与を手始めとして治療を開始し、最終的には「性別適合手術」(=性転換手術)に進むことになります。


「左利き」や「ゲイ」も先天性?

この医学的には「性転換症」(=トランスセクシュアリズム)と呼ばれる症状は、脳の神経構造が身体の構造と反対になっていることから起こると信じられていますが、その原因には生物学的な要素が関係していることは他の例からも証明されつつあります。例えば、左利きの人の場合です。多数を占める普通の右利きの人には、左手で字を書いたり箸を持ったりするのは奇異な感じがしますが、左利き当人にとってはごく当たり前のことなのです。生物学的にそういう脳の構造で生まれてきているのが原因の場合が多いそうです。また、ゲイやレズビアンなどの同性愛もすでに生まれる前に生物学的に決定づけられているという見方が近年注目されるようになり、近い将来の科学的解明を期待するばかりです。


治療の方法は?

性同一性障害の子供を、その身体の特徴に合わせて、家庭内でも社会的にも適切に扱っていけば、その症状を軽減しまたは防止できるのではないか、と誰しも考えることですがその有効性は未だに証明されたことはありません。反対に、性器の外観からは男女の区別がむずかしい「半陰陽」(=インターセックス)の過去の症例から証明されていることは、頭の性自認は性器官の外観とは関係なく機能しているという事実で、たとえ医学的に外観を変えても、またその変えた外観に合うように周囲が社会的な配慮をほどこしても、性自認は変えることはできないことです。

つまり、性同一性障害・性転換症の場合には、最終的には頭の性自認に合致するように身体を外科的な手術で変えるしか方法がないことになります。その一方、手術までしなくても日常生活に支障を感じない当事者の方も少なからずいるはずです。いずれにしても、性同一性障害を一つの単純な原因に決めつけるのは不可能で、複雑な多面的な要素がからみ合っていることは確かなようです。その診断に際しては当事者本人の自己申告が大きな要素となり、それを専門医の医学的な見解に基づいて将来の方向を探るという診断プロセスをとることになります。

結論として言えることは、性同一性障害・性転換症は脳の神経組織の発達過程と深い関係があることです。社会的な人との交わりや心理学的・精神科的な治療だけでは、この症状は解消されないことはすでに証明されています。継続的なホルモン治療に引き続き、性自認と肉体的外観を一致させるための形成外科手術(性別適合手術)に進み、当人を社会・心理面から支える連携したサポート態勢、そして当人に適した職場や社会的な役割を用意し補佐していく態勢があれば、当事者には大きな恩恵と精神的な支えになるでしょう。それにはまず、両親をはじめとする家族の理解が不可欠です。


親の責任ではない!

性同一性障害・性転換症は、医学的な治療の必要から、また将来の保険適用の可能性を視野に入れて、便宜的に「障害」とか「症」を付けて呼ばれています。この本来病気ではない「症状」は、数千年前のギリシャ時代から存在し、日本でも平安時代の文献に記述があることから、大気汚染や公害・薬害とも関係なく、また世界中のあらゆる地域に存在していることから、人種や文化とも関係ない。また、仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教など、宗教にも一切関係なく広く分布しているのは驚くばかりです。原因がはっきり究明されていない現段階では、「神様のイタズラ?」と言いたくなるのも無理ありません。どこの国でも無理解や偏見が根強くあるのは残念ですが、そのため英国では「トランスセクシュアリズム(性転換症)は精神病ではない」と、政府見解として公式に表明していることを付け加えておきます。

以上のことから、少なくとも親の責任ではないことは理解して頂けたと思います。根拠のない罪の意識から子供を遠ざけたり、親子や兄弟関係が疎外されているケースも少なくありません。社会的に少数者であるGID当事者は、親には想像もできない疎外感を味わっているはずです。親に求められているのは、ひとりの正常な精神をもった人間として理解するための、一歩の歩み寄りだと思います。そこから新しい親子関係が築けるのではないかと思います。

次回も引き続き、性同一性障害・性転換症について両親や家族の参考になると思われる情報を取り上げます。

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参考文献としてイギリスのGID研究・TS当事者支援団体「GIRES」のウェブサイトを利用させて頂きました。(http://www.gires.org.uk/)(GIRES=Gender Identity Research and Education Society)
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2007年5月16日水曜日

埼玉医大、性転換手術を中止


GID当事者やSRSに関心を持つ方々には大変驚きのニュースです。
1998年に最初の性別適合手術をして以来、現在まで約70例のFTM、約20例のMTFの手術を行ってきた埼玉医大が内部事情により性転換手術を当面中止する事態になったことが明らかになりました。

とりあえず、5月13日から14日にかけて一部の新聞やNHKテレビニュースでも報道されましたので、ここではご参考までに「アサヒ・コム」の記事をそのまま掲載させて頂きます。

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性転換手術、中核病院が中止 埼玉医大、担当医定年で
2007年05月13日

 心と体の性が一致しないことで苦しむ性同一性障害(GID)の治療の中核を担ってきた埼玉医科大学が5月から性転換手術(性別適合手術)の実施を中止したことが明らかになった。形成外科の教授の退職で手術の態勢がとれなくなったという。この手術は患者が戸籍上の性別を変える場合に必要とされる。GIDはようやく社会的に認知されてきたが、約1万人といわれる患者の治療の最終手段が断たれる懸念が出ている。

 埼玉医大は98年、国内で初めて公的に性別適合手術を実施。形成外科教授だった原科(はらしな)孝雄医師によると、現在までに延べ357人が手術を受けた。6割は乳房切除術だが、技術的に難しく、国内では前例がなかった男性器形成手術を21例実施している。

 山内俊雄学長によると、3月に定年を迎えた原科医師が4月末で退職し、執刀医らによるチーム医療態勢がとれなくなった。手術には熟練した医師が複数必要で、スタッフに経験を積ませてきたが、中心メンバーが体調を崩すなど継承できなかったという。

 形成外科は5月から10月までに手術予定だった60人弱に手紙などでキャンセルを伝えた。山内学長は「大学として性同一性障害の治療を続ける方針は変わっておらず、なるべく早く再開したい」と話す。

 GID治療は精神科、婦人科、泌尿器科など各科にまたがる。心の性と異なる性器を傷つけるなど深刻なケースもあるが、最終段階にあたる性別適合手術の受け皿は広がっていない。3年前から患者は家裁に申し立てて戸籍の性別を変更することが可能になったが、性別適合手術を受けていることなどが条件になっている。

 埼玉医大以外にも岡山大、関西医大などで実施されたが、件数は限られる。特に女性から男性にする場合には高度な技術と経験が必要で、病院挙げての態勢が必要なためだ。「形成医の間で理解が浸透しておらず、やろうという医師はまれなのが現実」と原科医師は話す。一般病院で治療を続けられないか探っているが、手術のリスク、医療保険の対象外なことなどでためらう病院が多いという。

 渡航して手術する人もいるが、安全性や手術後の継続的な治療の面で懸念がある。

 埼玉医大ですでに手術を受けた敦賀ひろきさん(39)は「あえて公に認められたプロセスで治療を進めてきた患者の立場を考えてほしい」と言う。手術後も機能的な問題が残り、再手術が必要な人も少なくないと指摘している。

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SRSを予定されていた方で今後の方針を決めかねている方には出来るだけの対応をさせて頂きますので、当サイトにご遠慮なくご連絡ください。
Email: masa.shimamura@gmail.com


2007年4月14日土曜日

同性愛と車のデザインは関係ありや?

昨日4月13日に投稿した同性愛についてのNYタイムズの記事はかなり重く、消化不良をおこしたかもしれません。12日付でまた同紙に今度は軽い記事が載っていましたので、同性愛の話題をとりあげた勢いで要点だけご紹介しておきます。

今のアメリカは比較的にゲイには寛大で(そこに至までの当事者の苦労と努力のたまものだと思いますが)、一つの文化的な流れを形成していると同時に、商品によっては無視できない大きなマーケットでもあります。

この記事で取り上げられているのは、アメリカ生活には欠かせない「くるま」のスタイルに関するものです。ちなみに、アメリカで「ゲイ」といえば、男性・女性を問わず同性愛者をさす言葉として広く使われています。

ここで使われている英語は比較的に簡単ですので、翻訳するのはやめにして解説だけにしておきます。抜粋して引用するのは以下のパラグラフ一段だけです。

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Gay by Design, or a Lifestyle Choice?
By Alex Williams, The New York Times, April 12, 2007

Subaru has been the most prominent company to embrace the gay market. As long ago as 2000, the automaker created advertising campaigns around Martina Navratilova, the gay tennis star, and also used a sales slogan that was a subtle gay-rights message: “It’s not a choice. It’s the way we’re built.” Little wonder that many lesbians refer to their Outbacks as “Lesbarus.”

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スバルのアウトバックという車種が2000年頃レズビアンの間で大人気だったそうです。プロテニス界の女王で、彼女自身がゲイであるマルティナ・ナブラティロワを起用した広告キャンペーンも評判で、その販売スローガンにさりげなくゲイの権利擁護のメッセージをこめたところが心憎いですね。「選んでこうなったのではなく、最初からこういう造りなのです」。この一行の英語が見事に効いています。

"It’s not a choice. It’s the way we’re built.”

先回紹介したニューヨークタイムズ記事の主旨と同じく、「ゲイは選んでなったわけではなく、生まれながらそう造られているのです」、というメッセージが秘められています。このスバルの広告キャンペーンにナブラティロワが起用されたということは、アメリカでは彼女がゲイであることは周知のことだったわけですね。わたしは知りませんでした。評判になったこの車にレズビアン自身が”Lesubaru”というあだ名をつけたというのもまたアメリカ的ですね。

一方、GIDはアメリカでもまだ少数派です。同性愛の地位に肩を並べるにはまだまだ時間がかかりそうです。日本でも東京世田谷区議として政治の舞台で声を上げ、現在再選を目指しているTSの上川あやさんのように、勇気ある当事者がもっと表に出られるように応援しなくてはいけないと思います。

2007年4月13日金曜日

性指向のパートナーは遺伝子が決める

4月10日に「タイのゲイ文化」について投稿しましたが、その直後に同性愛に関するニューヨークタイムズ紙の記事を見つけました。私には大いに参考になりましたので、かなりの長文ですが以下にその記事を少し要約して投稿させて頂きます。

同性愛とGIDとは別物であるとはいえ、GIDにも異性愛者も同性愛者もいます。この記事にもあるように、誕生前の遺伝子の作用がその後の性指向や性衝動を決定づけている可能性は大いにあり、まだ定説でないとはいえ、この分野のアメリカの専門家の見解として参考にして頂ければと思います。


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Pas de Deux of Sexuality Is Written in the Genes
By Nicholas Wade, The New York Times
April 10, 2007


性的な欲求ということになると、進化の法則は偶然にまかされることはまずない。人間の性行動は自由気ままに選べるものではなく、あらゆる過程で遺伝子プログラムが誘導していると、生物学者たちは気づき始めている。

異性間の性衝動は選択によって選ぶものではない。ストレートな男は女を相手として選ぶように仕向ける神経回路があり、ゲイの男にはほかの男性を求める神経回路がある。女性の脳には、自分と子供のために最善の保護を与えてくれるような男性を選ぶために、神経回路を整備する能力さえあると思われる。

その他の神経回路の働きも手伝って、ロマンチックな恋愛や長期の同居生活などを可能にするように、性行動に関する取り決めはすでに遺伝子により決定済みである。欲望が人間の性行動の根源だと思われがちであるが、それは長いドラマの中段の一幕にすぎず、台本のほぼ全体が遺伝子に書かれている。

母親の胎内では、胎児の身体はすべて女性とデフォルト設定されていて、男の性を決定づけるSRYとして知られる遺伝子が存在する場合だけ男性になる。この優性遺伝子はY染色体の誇るべき、また唯一とも言える属性で、これが卵巣になる運命の生殖組織を脇道にどかせて精巣(睾丸)になるようにポイントを切り替える。精巣から出るホルモンは主にテストステロンで、これが男性の身体を形成していくことになる。

過去10年間にわたる研究の成果として、脳はれっきとした性器官であり、男と女はそれぞれ根本的に異なるバージョンの機能をもっている、という思いも寄らぬ事実が明らかにされてきた。これは身体全体だけでなく、脳をも完全に男性化するというテストステロンの芸術的な仕事に他ならない。

男性と女性の脳の違いはあったとしても、それは小さな違いか何かの偶然の結果によるエラーで、ごくまれな少数のケースにしか見られない、という従来からの説は間違いである、とカリフォルニア大学アーヴァイン校のラリー・ケーヒル博士は述べている(Nature Reviews Neuroscience)。脳内で高度な情報処理の大部分を行う、広い面積を占める脳の外側の層である大脳皮質は、女性の方が層が厚い。最初の記憶装置として作用する脳海馬は、女性の脳の半分以上を占めている。


脳の働きをイメージ化する技術の進歩により、同じことをするにも男と女は脳の使い方が違うということがわかってきた。大脳側頭葉の核である扁桃体は、感情の強弱により記憶に優先順位をつける作業をうけもつ左右に一対ある器官であるが、女性は左の扁桃体を、男性は右側を使う傾向がある。

人間は文化の影響を強く受けるとはいえ、人間の脳は男と女の間の機能には明確なパターンの違いがあるのにはもはや驚くにはあたらない。男の脳はその性的欲望の対象は女性に向けられるように設定されている。その最も顕著な例は、包茎の手術ミスでペニスを失ってしまい、女の子として育てられた男の子のケースである。女の子として育つようあらゆる社会的な配慮がなされたものの、成熟するに従ってパートナーとしては男でなく女性を選ぶようになっていった。

脳の男性化が始まると、女性を好ましい思わせる何らかの神経回路が形成されていくものと思われる。そうだとすると、ゲイの男性においてはこの回路の配線は違っているはずである。欲望を感じる対象の男と女の写真を見せる実験では、ストレートの男性は女性を、ゲイの男性は男の写真を選んだ。

このような実験を女性に行っても同じような明確な結果は得られない。女性がストレートかレズビアンか自己申告しても、「女性の性的興奮の相手は無差別と言ってもいいぐらいで、男でも女の写真でも興奮を感じるようだ」、とノースウェスターン大学の性指向の専門家マイケル・ベイリー博士は言っている。「女性が性指向をもっているかどうかさえ、はっきりしない。ただ、女性は性的に好む相手はちゃんとわかっていて、非常に選り好み傾向が強く、ほとんどの女性は男とのセックスを選ぶ。」

ベイリー博士によると、性指向と性的興奮を司る神経回路のせいか、男は外に出てセックスの相手を探すのに対し、女性はセックスを求めてやってくる相手を受け入れるか拒むかに神経を使っているように考えられるそうである。

ミシガン大学の神経科学者マーク・ブリードラブ博士も、男女間の性指向の違いについては同じような考えを持っている。「たいていの男性はどっちのセックスを追求したいか、頑固なまでにはっきりした考えを持っているのに反して、女性の方はもっと柔軟性がある。」

男性の性指向については、誕生前にもう決まっているようだ。「この問題を研究している学者のほとんどは、男性の性指向を決定づける先行条件は人生の早い時期、おそらく誕生前に、作られていると確信している。女性の方はと言えば、同性愛者として生まれてくる人もいるであろうが、人生かなり年数がたってからそこに到達する人がいるのも確かである。

性行動というのは単にセックスのことだけではない。ラトガーズ大学の人類学者ヘレン・フィッシャー博士は言う。「三つの主要な脳神経システムが進化して、人間の再生行動に方向付けを与えるようになった。一つは、パートナーを探すように仕向ける性衝動である。二つ目は、特定のパートナーに結びつけようとするロマンチックな求愛プログラムである。三つ目は、親としての役割を果たすため長期にわたり生活を共にしたいという、長期的な結合を求めるメカニズムである。

「ロマンチックな恋愛は、初期の熱烈な段階では12ヶ月から18ヶ月続く、というのが人種・文化を問わず共通に見られる現象であり、脳にそのような回路が備わっていると思われる。」、という見解をフィッシャー博士は昨年発表している。脳をイメージ化した研究では、被験者が恋人の写真を見せられると、脳内のごほうびと認識する特定の部分が活発な反応を示すことが検証されている。

男性と女性における同性愛を理解するため、研究者たちは多大な努力を傾注していろいろな可能性を探ってきた。例えば、男性のゲイは遺伝子との関連からみて遺伝的なものではないかという見解であるが、ゲイの男性で子孫を残す割合はストレートな男性の約5分の一しかないことを考えると、同性愛と相性の良い遺伝子は急速に世界の人口から消えてしまう運命にあることになり、現状にそぐわない。

しかし、まだ可能性として残る説がある。それは、他の家族に子孫が多く生まれるチャンスを増やすために執拗に生き残る遺伝子があり、同性愛はその遺伝子の副産物として生まれるのではないか、というものである。ある調査によると、ストレートの男性にくらべるとゲイの男性には親族が多い、とくに母方に多い傾向があるそうである。

ベイリー博士は、同性愛の影響はもっとはっきりした形で現れるはずだと考えている。つまり、同性愛と相性の良い遺伝子が次の世代にわずかしか引き継がれないなら進化の法則で選ばれるはずはない。その意味では、男性の同性愛は進化論的には不適合であるとしか言いようがない。

同性愛の起源についてはもっと単刀直入な手がかりが指摘されていて、それは男兄弟の誕生順というものである。二人のカナダ人学者、レイ・ブランチャードとアンソニー・F・ボガートによると、複数の年上の男兄弟をもつ男性が同性愛になる可能性は目立って高くなるという。姉の数は問題にならず、また兄たちが同じ家に同居して生活を共にしているかどうかも関係ない。

この見解の意味するところは、男性同性愛は母親の子宮内部でのある出来事により引き起こされるもので、例えば、引き続き何回か男の子を妊娠したことへの母親の免疫反応ではないか、と昨年の学会誌に発表している。反男性の抗体が組成され、それが普通なら誕生前に男性化する脳をその過程で妨害するからではないか。ただ、そのような抗体は実際にはまだ検出されてはいない。

男兄弟の誕生順という説は実際には大きな影響をもっている。1パーセントから4パーセントの男性がゲイであると推定すると、約15パーセントのゲイ男性はその同性愛の原因が兄弟の誕生順に起因するといえる。また、兄の数が一人増えるにつれて同性に魅力を感じる可能性は33パーセントも増えるのである。

性指向を決定づけるのに決定的な役割を果たすのは、誕生前に循環しているテストステロンの量であるという考えは前述の説からも支持されている。しかしながら、胎児のテストステロンの量は計ることができず、成人したゲイやストレート男性はそのホルモン量は同じで、誕生前のホルモン量に関しては追跡のしようがない。というわけで、信憑性は高いものの、あくまで仮説であって証明されたわけではない。

性行動と欲望の基本を理解しようとする最近の研究の成果は、遺伝子が脳の性区別に直接的な影響を与えている可能性があるという発見である。テストステロンやエストロゲンのようなステロイド・ホルモンが、男性と女性の脳を形作るのに主要な役割をまかされている、と専門家も長年信じてきた。しかし、UCLAのアーサー・アーノルド博士の発見によると、試験管の中では男性と女性の神経細胞はすこし違った行動をとるのが見て取れる。同じくUCLAのエリック・ヴィラン博士の昨年の発見では、少なくともネズミを使った実験では、脳のある細胞においてはSRY遺伝子が活動していることがわかった。SRY遺伝子の脳での役割は、テストステロン関連の活動とは全く違っており、女性の神経細胞はその同じ役割を別の方法で行っていると推測される。

脳に関連する遺伝子が異常なほど多く「X」染色体上に存在しているのは偶然の仕業だろうか。脳の機能に関連して「X」、「Y」染色体が急に脚光をあびるようになり、進化生物学者たちも注目している。男性はただ一個の「X」染色体しか持たないため、「X」の遺伝子の一個になにか有利な変異が起これば自然淘汰の原理が素早くそれに乗っかり推進してしまう。そこで、もし選り好みのきびしい女性が理想の男性パートナーに頭の良さを求めるとするなら、なぜ脳に関連する遺伝子が「X」に数多く集中して存在するのか説明がつくのではないだろうか。

この世界を回転させている原動力は欲望であることを、それでも疑いますか?

(訳責:島村政二郎)
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2007年4月10日火曜日

タイのゲイ文化



(写真は華やかなレディーボーイ中心の舞台ショーで、ゲイとは直接の関係はありません。人気グループは世界中で公演しています。美形のTSにとっては晴れ舞台です。)

よくタイにはゲイが多いというコメントを聞きます。本当でしょうか。たしかに明らかにゲイとわかる人、またはゲイらしく見える人が多く目に付くのは事実です。タイで有名な風俗業のことではありません。

サラリーマンや、ホテル、レストラン、旅行会社の窓口、店員、病院、などいたる所で見かけます。普通の男性の服装もいれば、うっすらと化粧している人もいます。しかも、本人だけでなく、同僚やお客もべつに気にしている様子はありません。これがいたる所で見かける昼間のゲイの普段着の姿です。風俗業は別格としても、日本にくらべればゲイが多いという印象は旅行者がもつ正直な感想でしょう。

これは要するにタイはゲイに対する寛容度が高いからです。偏見がないと言えばウソになるかも知れませんが、社会的に受け入れられているだけでなく、職業によっては一般人より優遇されている面もあります。たとえば、ホテルのフロント、病院などの案内・説明係、学校の職員、店員、ウェイター、などです。また普通の会社員でもべつに問題にされることはありません。

私のよく知っているサムイ島のリゾートホテルのフロントに二人のゲイがいました。マネジャーによると、まず他の女性の従業員とは男女間の問題は起こさない、ちゃんとした教育も受けている、お客さんへの接客態度がていねいで細かいことにも気が付く、普通の男性より真面目で頼りになる・・・など良いことづくめでした。

またバンコクのある専門病院でも同じような見方をしていました。そこは男性の接客スタッフは少数ですが全員がゲイで、しかも院長の方針でゲイしか採用しないという徹底ぶりです。べつに、院長がゲイというわけではなく、前述のようにゲイの方が女性以上に細やかな気配りができるので、患者へのサービス面で得策であるという理由です。たしかにこの病院は繁盛しています。

タイ人の会話の中でよくゲイの同僚の話がでますが、特別視している感じはまったくありません。それはゲイが社会的に受け入れられていて、生活にも仕事にも特別な支障なく社会参加ができているからです。そのため、「タイではゲイが多い」という印象につながっているのではないかと思います。

性同一性障害と同じように、同性愛も生まれる前から決まっていた性指向だとすると、タイに特別多いわけはなく、ほぼ同じ率で日本にもゲイが存在するはずです。歴史的にも日本にはゲイについての文献は多くありますが、違いは現在の日本社会の寛容度に差があり、社会的に表に出にくいため、目立たないだけではと思います。

宗教的な偏見から、アメリカなども一部の都会を除けば決してゲイには住みやすいところとは言えません。TSにはさらに偏見が強いようです。先日バンコクのPAIでSRSを終えたばかりのイタリア人女性と話す機会がありました。彼女の言うところでは、イタリアもカトリック教の影響がつよく決してTSにとっては住みやすい国ではない。できればタイに住みたいくらいです、と言っていました。

そのタイでもゲイにくらべれば少数派であるGIDへの理解度はまだまだ低いという印象を受けます。私のよく行くレストランのウェイトレスにTSの女性がいます。けっして美形ではない彼女ですが、ニコッと笑顔でかいがいしく働いています。華やかなナイトライフ向きでない彼女にも、このような職場はちゃんと用意されているのがタイ社会の救いです。

2007年3月29日木曜日

現地と帰国後のパーソナルケア


事前のカウンセリング

手術のために外国に行くには、かなりの勇気と決断がいります。手術自体が不安なのに、タイのことなどほとんど予備知識がない。タイ語はもちろん、英語もおぼつかない。入院中の医療ケアはともかく、帰国までの2週間は誰か個人的な面倒見てくれるだろうか。相談相手になってくれる人がいるだろうか。

病院の設備や看護ケアなどは大丈夫か。SRSに実績のある医師がいるのか。病院からホテルに移った後のケアは。回復期間中はどうやって過ごす。和食レストランはあるだろうか。帰国前には観光や買い物もしたいが・・・。

表だっては話題にできない手術のために、外国に行く。しかも東南アジアの発展途上国へ。タイでの手術は経費面では安いとはいえ、面談やメール、または電話による事前のカウンセリングなしに外国での手術を決断するのにためらいがあるのは当然のことです。

私のPAI認定のカウンセラーの役割はまさにこのためにあります。

帰国後のアフターケア

SRSは手術さえ無事に終わればそれで終了というわけではありません。PAIの熟練した医師チームの手術はわずか3時間で終わります。5日後には退院して、その10日後には帰国できます。これで基本的には医師の役割は終わりますが、帰国後のダイレーションなどの長期間の作業は患者さんの責任で行わなければなりません。外部の手術跡や内部が安定するには3ヶ月、6ヶ月、場合によっては1年という期間が必要です。

医学界の常識として、どんな手術でも完璧ということはありません。帰国後の回復期間中に不安な症状や、医師の見解を聞きたいことは大なり小なりでてきます。ほとんどのケースは時間の経過が解決する問題ですが、患者さんに立場からは心配事であることにはかわりありません。その場合には日本語で相談できる、また必要に応じてPAIの医師からの指示を仰げる仲介役が必須です。その役割もPAI認定のカウンセラーの私の守備範囲です。PAIのプリチャー医師と過去2年半以上にわたり、信頼関係を築いてきたことがお役に立てると自負しております。

[カウンセラー料]
私はいわゆる「エージェント」ではありませんので、基本姿勢としてSRSに関してはPAI以外の医療機関を紹介することはいたしません。SRSカウンセラーとしてのサービス料は頂きますが、個々のケースにより異なりますのでご相談に応じます。以下にメールでご連絡ください。
Email: masa.shimamura@gmail.com

2007年3月22日木曜日

GID情報はまず出版物から

性同一性障害ではないか、と自覚したらまず、今の自分がどういう立場におかれているのか、ロードマップ上の位置確認をすることが必要です。無用な悩みをできるだけ少なくして、自らの方向性と目的地へのステップを早く見つけ出し行動に移るためです。

自助グループも各地にありますが、出版物は日本のどこにいてもオンラインショップで簡単に手に入る時代です。特定の本を推薦することはしませんが、以下のリストを参考にして、ご自分の状況にあった本を選んでください。自らのGID体験を出版されたこれら当事者の方々の貴重な情報や体験談は、将来への指針と大きな勇気を与えてくれることでしょう。

GID関連出版物のリスト

出版物のリストは右のサイドバーに掲載することにしましたのでご覧ください。

2007年3月17日土曜日

SRSに至る道・母親への手紙(その2)

『リンダから母親への手紙』 (その2)        

結婚と家庭生活
最初の妻と分かれてから、とても親しかった別の女性と親密な関係になりました。その女性と恋に落ちたのは、私にとって一番ふさわしいパートナーであり、私の人生の魂の友であると感じたからです。それが今の妻ジェリです。ジェリに対する愛情にもかかわらず、自分が女性であるという感情からはどうしても抜け切れませんでした。ジェリと私は結婚し、二人にとって当然の帰結だと思い、自然な気持ちから子供をもうけました。二人とも家族が欲しかったのです。そして私は自分の中の女性と闘うように以前にも増して努力するようになりました。

警察官の仕事柄で、世間にはホモが大勢いることも知りました。クリスティーン・ジョーゲンセンの記事も読んだりしましたが、実際は性転換手術にそんなに大金はかからないことや、アメリカでも行っていることなど、性転換ということ自体についても新しい知識を手に入れました。女装をすることも必死になって抵抗したものの止めることはできず、完全な女性になりたいという気持ちも同じでした。その内に妻ジェリが気づいて去っていくことを恐れ、必死になって自分と闘いました。ジェリに対する私の愛情が揺らいだことは一度もないことは、お母さん、信じて欲しいのです。

ジェリと家族を失いたくないため闘い続けた私は、勤務を離れると男の中の男にふさわしいと思われたバイク乗りになり、大酒を飲み、勤務中は危険な任務に進んで志願したりしました。しかし、こんな男っぽい行動はどうしても好きになれなかったし、そんな男に変わっていく自分という人間も好きになれませんでした。1990年にサウスダコタ州で催されたモーターサイクルラリーに参加し、アウトロー・バイククラブの連中と親しくなりました。オトコになるためには無法者のバイカーにならなければと思うと怖さ半分でしたが、アウトローのバイカーより男臭いオトコがいるか、心の中の女性感情など吹っ飛んでしまうぞ、という気持ちで突っ走りました。

ところが、このグループの行動でどうしても好きになれない行為を見たりしているうちに、自分はやはりとけ込めない仲間だと感じるようになりました。こうしなければオトコになれないのだったらもうオトコになるのは止めようと決心したのです。家に帰ると8年間つとめたモーターサイクルクラブの支部長をやめ、愛車のハーレーダビッドソンと付属品一式も売り払いました。あらゆることをやったにもかかわらず、女性であるという感情は依然として居座っていました。この悩みについては参考になる情報もなく、どこからも助けの手は来なかったのです。

お母さん、私の心の中の女性感情はますます激しくなり、このまま生き続けるのは我慢できない、なにか行動を起こさなければ、という気になりました。もうためらっている余裕はなくなりました。お母さん、私はただ内面の苦痛から解放されて幸せになりたかっただけです。本来の自分になりたかったのです。

私には依然として、自分はトランスセクシュアルという感情をもつ世界でも数少ない人間の一人にちがいないという気持ちが残っていました。だれにも本当のことは言えないという恐れでそれまでの人生を過ごしてきた私ですが、人生のパートナーである妻ジェリには本心を打ち明ける決心をしました。彼女が去って行かないことを祈りながら打ち明けました。そのジェリが愛情にあふれ、思いやりのある、強い心の支えとなる態度を示してくれたのは何よりの救いでした。行き着く結果がどうなろうと、私が本来の自分を見つけられるように何でも協力すると励ましてくれたのです。

行動開始
それから私たちはゆっくりと行動を起こし始めました。まずクロスドレシングを試してみましたが、鏡に映ったその自分の姿を見て顔色をなくしました。ジェリに手助けをしてもらったとはいえ、体がでかく、老けすぎで、男そのままという感じで、とても女性らしい姿ではなかったのです。気分が滅入りましたが、最初の幻滅にめげずにジェリと私は参考になる情報を求めて前向きに進んでいきました。

そのうち警察署の仕事では暴力犯罪班に配属になり、性犯罪捜査を担当する刑事になりました。ある日任務中に訪れたアダルト書店で、たまたまジェリも一緒だったのですが、クロスドレシング専門の雑誌を見つけ買い求めました。その雑誌のおかげで今まだ知らなかった世界に導かれ、本・雑誌、心理学的論文、個人の体験談、サポートグループ、社会活動グループ、医学関係者、病院・クリニックなど、この問題に関連する多くの存在を知ることになりました。

ゆっくりではありましたが、私たちはあらゆることを勉強しました。自分が単なるクロスドレサーではなく実際はトランスセクシュアルであるのに気づくにはそんなに時間はかかりませんでした。それは私がいつも感じていた感情そのものでした。そこで精神分析医、二人のカウンセラーの診断を受けたのち、やっと医学面での治療を始めることになりました。自分の心の中でいつも感じていた女性にマッチする体に、男の体を変えていくための準備を始めたのです。

SRSへの具体的ステップ
いま私の受けている性別再指定の治療法はゆっくりしたプロセスで、いろんな分野の医者や精神科医のチェックを受けなければなりません。私自身の最終目標ははっきりしていますが、医学関係者の方から次のステップに進むのを勧めることはなく、あらゆる資格条件をクリアした段階で本人が希望した場合にだけ、最終目標のSRS手術が許されるのです。

今の私は1995年8月から始めたホルモン治療により性別再指定を受けています。女性ホルモン剤のプレマリンと、男性ホルモンの産出を抑制するステロイド剤であるスピロノラクトンを服用しています。その結果、今まで不可能だと思っていた自分のイメージが目に見えるようになり、あの大柄の、老けた、男にしか見えない、という以前の感じはなくなり、不可能が可能になったのを感じます。自分の願うようには美しくはなれないとしても(まあしょうがないか)、女のドレスを着た男でなくなったことは確かです。

お母さん、この私の状態について親として負い目や責任を感じたりする必要はまったくありません。現時点での科学的な研究では、性同一性障害やトランスセクシュアルの原因としては、誕生前の胎児段階でのホルモンの影響やホルモンバランスの問題が指摘されています。その結果として身体的には一方の性の特徴をもち、性意識としては別の性の特徴をもって生まれてくる個々のケースがあるということです。性転換症についての最新の研究発表のどれを見ても、私のような症状の原因が誤った育児方法にあると指摘するものは皆無です。

この40年間というもの、心の中では女と感じていたので、自分をとりまく現実は不快であったものの、どうすることもできませんでした。ところが今では、かってなかったほど幸せで気分も楽になりました。精神的な苦痛もなくなり、いろいろあった健康上の問題も消えてしまいました。

お母さん、私のような症状は時間をかけて何回も何回もチェックし、さらにダブルチェックするという課程を踏んで治療しなければいけません。また途中でいつでも治療の過程をストップしてもかまわないし、中止するのを勧められる場合さえあります。自分で違和感をもつ場合にはそれを越えて先には進まないように指導されます。私の場合はそれらの関門を順次通過して今の地点まで到達したのです。

お母さん、参考までに今私のたどっている道程はこんなものです。
ジェンダーの問題に精通している精神科医に定期的に診断を受けること。SRS(性別適合手術)の許可の前には別の医師からのセカンドオピニオンを得なければなりません。ホルモン治療による性別再指定はすでに1995年8月から行っていて、今も続けています。

電気分解脱毛法による顔面の脱毛は痛いだけでなく時間がかかります。1ヶ月に6時間にまで減らせるようになりましたが、やっと50%終わった段階です。

リアルライフテスト。生活のすべての面で一日24時間女性として生活しなければなりません。これはSRS(性別適合手術)を受ける前に、女性としての生活に適応できるように準備するためです。

名前変更。これはいろんな法律的理由で実現が長引いていましたが、この夏の終わり頃には有効になります。(登録申請はもう済んでいて裁判所預かりになっています。) 今使っている名前はリンダ・アン・シンプソンですが、これが登録される正式の名前となります。

SRS(性別適合手術)。これは単なる整形手術だと思ってもらって結構です。1997年までは手術に進むつもりはありませんが、この手術の経験のある医師の何人かとはすでに連絡をとっています。世界中で30人ほどいますが、私なりに下調べをして何人かのお医者さんを検討して、今のところ一人か二人に候補をしぼっています。

お母さん、この手術は男を女に転換する手術ではありません。そんなことは不可能です。この手術は赤ん坊として生まれた時点での間違いを訂正しようとする試みと理解してほしいのです。また、これはセックスに関する問題でもなく、ジェンダー(性意識)に関するものです。セックスはこの問題とは関係なく、世間一般で言われているように、「セックスは両股の間にあるもので、ジェンダーは両耳の間にあるもの。」 ちょっとふざけた表現だとは思いますが、それは真実をついています。

このような告白を聞いたショックで、お母さんはどうしたらよいか途方に暮れているかと思いますが、お母さんの気持ちがよく分かるなどと軽々しく言うつもりは全くありません。同じように、他のトランスセクシュアルの人ならともかく、私が今どういう気持ちで生きているか、またこれまでどのような行き方をしてきたか、完全に理解してもらえるとはとても思えません。繰り返しになりますが、お母さんに言いたい一番大事なことは、私のこの症状はお母さんやお父さんには何の原因も責任もないということです。正直なところ、このジェンダーの葛藤があったことを除いては、とても幸せな子供時代を過ごせたと思っています。

私の友人や家族、それに職場の同僚などからはリンダとして受け入れられていて、気まずい反応はありません。ほとんどの場面で周囲から前向きな反応があるので、私自身うれしいと同時にびっくりしているほどです。また幸いなことに、最近では時代の雰囲気も変わってきていて、人々の受容度もひろくなり理解する人も増えました。ガンや糖尿病などの病状をもつ人を悪く言わないと同じように、私のような症状に偏見をもつ理由はないはずです。それでも、ある種の人たちとはトラブルに遭遇することも現実的にはあり得ることは承知しています。今までの人生で経験したいろいろな障害にくらべたら、これから起こりうる障害物を乗り越えるのは何でもありません。

ジェリも三人の子供たちも全面的に応援してくれています。これから起こりうる良いこと、悪いこと、みんなで話し合いました。将来に何が待ちかまえていようと直面する心の準備はできています。これ以上の素晴らしい人生があるでしょうか!
お母さん、このことのために私を見捨たり、愛するのをやめることのないように祈っています。私の状況をお母さんが簡単に受け入れてくれるだろうとは期待していません。ただ、むずかしいことはわかりますが、理解するように精一杯努めてくれることをお願いするだけです。

お母さん、ありがとう。愛している。リンダより。
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『リンダ・アン・シンプソンのその後」

リンダは1982年以来ジェリと正式に結婚して、3人の子供にも恵まれた幸せな家庭をもっていたものの、幼児期から自覚していた性同一性障害に悩まされ続け、愛妻ジェリの全面的なサポートを得て1997年1月にカナダのモントリオールで性別適合手術を受ける。現在は家族全員で、性的少数者に寛大なワシントン州シアトルに住んでいる。リンダは古巣の警察関係のアドバイザーなどの奉仕活動や、性的少数者に関する啓蒙活動、好きなジャズやニューエイジ音楽演奏などの生活を楽しみながら、ソフトウェア・テスト・エンジニアとしての仕事もしている。

妻ジェリはもともと大好きだったコンピュータをさらに勉強し、今はソフトウェアエンジニアとしての仕事と、リンダと学校に通う三人の子供たちとの家庭生活をエンジョイしている。

リンダの母。リンダが手紙を書いたその母親が、手術2年後の1999年に訪ねてきた。今や娘になった元息子とは何年も会っていなかったが、いろいろあった母親との気持ちのすれ違いも年月が解消してくれ、愛情に囲まれたリンダの家族とふれあった母親は心から再会を喜んでくれた。ただ一つの大きな意見の食い違いは、着る物とファッションのことで、母親と娘の世代の違いはどうしようもなかったそうである。


『クリスティーン・ジョーゲンセン (1926-1989)』

クリスティーン・ジョーゲンセンはデンマーク系のアメリカ人二世、ジョージ・ウィリアム・ジョーゲンセンとしてニューヨークに生まれ育つ。1952年から1954年にかけデンマークでホルモン治療に続き男性から女性への手術を受けた。性転換手術を受けた最初の人ではないものの、初めてマスコミにより公にされセンセーションを巻き起こした人として歴史に名を残す有名人になった。

また彼女の美貌と優雅な立ち居振る舞いを生かして、歌手としてもラスベガスやハバナでなどで名声を博する存在となった。その後の彼女の自叙伝(1967年刊)やその映画版(1970年公開)、各地での講演などの活発な啓蒙活動を通して、性転換症(トランスセクシュアル)は、同性愛者(ホモセクシュアル)や異性装者(トランスヴェスタイト)とは明確な違いがあることを訴え続け、世界の性同一性障害者を勇気づけた。二回の婚約歴はあるが、生涯結婚はせず、最後の2年間はカリフォルニアに移り住み、62歳で肺ガンと膀胱ガンにより世を去った。

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(翻訳文責: 島村政二郎)

2007年3月16日金曜日

SRSに至る道・母親への手紙(アメリカ人)

GID当事者のカミングアウトまでの道のりは、文化・人種の違いをこえて共通する場面が多くあるのには驚くと同時に共感を覚えます。以下、このごく普通のアメリカ人のたどったSRSまでの遠かった道のりをご紹介します。

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『リンダから母親への手紙』 (その1)        
(1996年6月20日。SRS手術前に書かれた手紙)

お母さん、このことは電話で言うには込み入っているので手紙の方がいいと思い書くことにしました。以前にちょっとだけ話したことがあるけど、私の症状は正式には性同一性障害というもので、普通はトランスセクシュアルと呼ばれています。話したいことはもっとたくさんあったのですが、なぜかお母さんとは真剣に話す機会がなかったのですよね。どれを取り上げても言いにくいことばかりで、私にとっては一生の葛藤として心の中で闘い続け、また隠し続けてきたことなのです。自分でも思った以上にうまく隠し続けられたとは思うけど、時には極端にはしる行動にはお母さんも気がついていたように、それは私にはとてもとても苦しい葛藤でした。

私のこれからの話は、内面奥深くにある感情や恐れの入り交じったことで、私自身も人生この時期になってやっと納得できるようになりました。お母さんには本心を打ち明けますから、できるだけ理解して気持ちを分かちあって欲しいと願っています。

幼児期の記憶
幼児期の早い時期から私は自分が女性だといつも感じていました。記憶に残っているのは2歳のときからで、その記憶は女の子のとしての記憶がほとんどです。具体的に時期のはっきりしている記憶は1957年の4歳の誕生日のものです。その時まで自分は女の子だと思っていましたが、突然その思いが打ち砕かれる出来事があったのです。その日はおばあちゃんの農場のベッドルームにいて、おばあちゃんが着替えしているときにパットおばさんが入ってきて、男の子の目の前でおばあちゃんがトップレスでいるのを見て、腰を抜かさんばかりに驚いたのです。その時のパットおばさんの騒ぎ様は想像にまかせますが、このとき初めて自分がずっと思っていたような女の子ではないと思い知らされたのです。

その次に記憶に残っているのは1959年の5歳のときです。それまでにも女の子であるという自覚はありましたが、この頃私はまだ小さかったものの、お母さんやお父さんが留守のときや眠っているときに、お母さんの服を着て自分が女の子であると想像しながら遊んでいたのです。サイズはぜんぜん合いませんが、大人になったらどのように見えるか想像をたくましくしていました。

パットおばさんとの最初の事件のこともあり、こういうことは普通ではないと感じていたので、お母さんやお父さんをはじめ誰にも話しませんでした。また自分が女の子であるとか女の服装をしたいという気持ちを抑えようとしましたが、このような感情を押し殺すのはどうしてもできませんでした。女の服装をすることで(クロスドレス)、ずっと内面で感じていた女の子の感じを実感として味わうことができたのです。

女の子であるという感覚と女性としての自分を表現したいという欲求は、大きくなるにつれて強くなっていきました。自分のような症状について知りたいと思っても何の情報もなく、年若い子供には手のとどく情報源も限られていました。それでも自分がなにかの病気で、どっかがおかしいとは感じていたので、だれにも話さず自分の中だけにしまっておきました。

学校生活
ヘシアスクールの6年生だった12歳のとき、クリスティーン・ジョーゲンセンという人が1953年に性転換手術を受けたことを知ったのです。どこからその情報を聞いたのか記憶にないのですが、彼女に関する情報を探し始めました。その夏にマウントプレザントの図書館でクリスティーンの半生を書いた本を見つけ出すことができました。ひと月の間図書館に通い、その本を少しずつ読んでいきました。借り出すこともできたのですが、係員にその本の内容がわかってしまうと、私が性同一性障害だと見破られるのがこわかったのです。クリスティーンについての本に完全に魅惑された私は、ついにはその本を図書館から盗んでしまいました。

この本を読んでからは気分が高揚してきました。こんなことが実際にあること、また何か直す方法があることがついに分かったからです。十代に入った頃の私には大きな希望となったのです。もし私の「障害」がもっと悪くなったとしても、もう少し歳をとれば何か直す方法があるだろうこと、またもう自分一人ではないと分かったことが大きな救いになりました。

ただ毎日の学校生活はちがった世界で、みんなと同じことをし、同じような行動をとることを期待されました。自分の内にある女性と闘うように努め、男性であることを証明しようとしました。あらゆる努力にもかかわらず女性であるという感覚は日増しに強くなっていき、この心の葛藤が私の人生をみじめなものにしたのです。

私は他の男の子のするスポーツや乱暴な遊びにはぜんぜん興味を引かれませんでした。気乗りのしないままやってみましたが、スポーツには向いていないことが分かっただけです。女の子と遊んだり、おしゃべりするのが好きだったけど、10代そこそこの女の子はまわりに男の子がいるのをいやがったし、男の子たちはまた女の子と遊ぶ私を見るとさんざんからかっていじめる。私も恰好をつけるため、10代のはじめには「女の子なんか大嫌いだよ」と虚勢を張っていたものの、本心は女の子の仲間に入りたくて悶々としていたのです。

まわりの男の子たちに自分の男らしさを見せつけるため、13歳になった私はタバコを吸い始め、スティーブや他の荒っぽい男の子たちに交じって、ちょっとした盗みや空き巣のような犯罪行為もしました。タフな男の子だと思わせたかっただけですが、やはり心の中の女性としての意識はぜんぜん変わらず、盗みまでして男になるのはよくないと気づき、そのグループからは離れました。

高校を卒業すると、髪を長くのばし音楽バンドの一員として数年間を過ごしました。長い髪の毛だけでなくミュージシャンとしての生活、またその時代の服装の自由さがありがたく、外見は女性らしく振る舞えたので、私の人生の中では非常に快適な時期でした。私の付き合った人たちは大変大らかで、みんなと仲良くできました。バンドのメンバーの何人かはホモで、少なくとも一人はバイセクシュアル(両性愛者)、残りは普通の異性愛者でした。性的指向や個性は違っていても、みんなが仲良く暮らすことができました。

大学時代
私の大学時代は音楽中心生活の延長として大変楽しく過ごせました。ただ変わったのは女性たちと「ガールフレンド」の関係ができて、女の一員として振る舞えるようになったことです。その女友達とはキスやセックスなどとは関係なく、ただ友達同士として一緒の時間を過ごし、おしゃべりしたり、ショッピングに出かけたり、内緒話をしたり、同じベッドで寝たこともありました(パーティのあとでザコ寝するようなセックスなしの関係です)。シャーロットとはとくに仲がよく、一緒に寝てもセックスなどは考えたこともないような本当の意味の親友関係でした。

バンドのメンバーを除いては、私の友達はみんな大学生の女性だけで、私の人生ではとても幸せな時期でした。心の中で私がどう感じていたかお母さんはぜんぜん気がつかなかったと思いますが、それは私が言わなかったのが悪いのです。もっと前に言っておけば、今になって大きなショックを与えることもなかったと思います。でも、最近になるまで怖くてだれにも話す気になれなかったのです。

大学にいる時に性同一性障害者や性転換手術についての情報を調べ始めました。今でこそ私はその存在を知っていますが、それまではぜんぜん情報もなく知識もなかったのです。その当時の私の頭で考えられることは、遠いヨーロッパまで行って性転換手術を受けること、それには恐らく10万ドル以上のとてつもないお金がかかることぐらいでした。自分の体を女性に戻せない、しかも自分を女性としてしかイメージできない心の中を考えると、出口をふさがれたような、とても重苦しい気分が続きました。

大学時代には心理学を専攻して学位も取りました。それは実際には、自分の心の中の女性としての感情を説明するための勉強であり、自分自身を治療しようとする試みだったと思います。ところが、1970年代の心理学というのはひどいものでした。性転換症やジェンダーの問題についての情報は非常に限られたもので、性転換症についてのわずかな解説は「異常心理学」としてしか取り上げられていないのです。異常心理と言われては気分が滅入るばかりで、ますます心の中で救いのない葛藤を強いられました。人類学にも興味があり学位も取りました。人類学はジェンダーの問題なども含めた人間の多様性を研究するもので、心理学で異常心理としてレッテルを貼る考え方に抵抗するのには大いに助けになりました。

大学在学中に結婚しましたが、最初の妻には私の心うちは打ち明けませんでした。妻の気づかないように彼女のドレスを借りて女装したりもしました。この時期に私はもう一方の極端に走ることになり、自分が男であることを証明するため、こともあろうに私は警官になったのです。警官ほど男臭い仕事はないですよね。しかし、これは思惑通りにはいかず、ぜんぜん助けになりませんでした。心の中の女性は消しようがなかったのです。

(長文のため2回に分けて掲載します)
(翻訳文責: 島村政二郎)

2007年2月23日金曜日

SRSに至るまでの道・当事者体験談

『わたしの体験』
(関西在住・HHさんより寄稿頂きました)

~幼少のころ~
 両親、祖母にいつも殴られていました。殴られたことしか記憶にないくらい・・・

何かにつけて殴られました。納屋に閉じ込められる、木に括られる、「妹を泣かした」といっては殴られ、いとこが悪さをすれば私が殴られる・・・ 

「お前は男だから・・・お兄ちゃんだから・・・」

男の体であるが故、それだけの理由で殴られる・・・ 私は女なのに男の体を持って生まれたから、周りの大人に殴られる。私を可愛がってくれる大人は誰もいなかった。イジメも酷くうけた。一人ぼっちだった・・・
 
私がきちんと女の体で生まれてこなかったから・・・

小学高学年のころには、お家に誰もいないときにこっそり女物を身につけ、お化粧をして心の平常を保っていました。でも、後ろめたい気持ち、罪悪感に苛まれる。きっと、こんなことで安堵する自分を、反対の性だと思う人間なんてこの世で私一人に違いない・・・

ロシアの宇宙衛星で覗かれて世界中の人達が私を笑っているに違いない・・・
そんな妄想を抱いていた時期でした。

~中学生時代~
  中学入学にともない男子は強制的に丸刈りを強要されます。最後まで抵抗しました。無理やり丸刈りにされてもめげず、また髪を伸ばそうとしましたので生活指導の先生からよく「もみあげ」を引っ張られました。それでも懲りずにまた・・・

この時期、イジメも酷かったです。友達など一人もいなかった・・・。修学旅行なんて、みんなに袋叩きにされて泣いていた思い出しかありませんから・・・

中学は男子、女子と何かにつけて分けられますよね。自分が男子のほうに分けられるのが屈辱的でした。自分も好きな髪形をしてセーラー服をきて、ブルマをはいて、スクール水着もワンピースで、授業も技術でなく家庭科を学びたかった。

お家でこっそり女物を身に着けて丸刈り頭の自分を鏡に映したとき、どうしようもなく惨めになって、ペニスをとってしまえば女になれるという衝動にかられたことも・・・

中学生の浅はかな知恵で、刃物では血が噴出すから電気で溶断しようと考えました。電気コードの被覆を剥きペニスに巻きつけ、コンセントにプラグを差込みました。次の瞬間、ブレーカーが落ちました。2本の線を裸線にしてグルグル巻きにしたので短絡を起こしてしまったのですね。こうしてあえなく失敗に終わりました。

~就職から結婚へ・・・~
  高校は工業高校を選びました。早く自立して親元から離れたかったのと、中学時代の知り合いが誰もいない学校へ行きたかった。ただそれだけの理由です。
 
就職してからもずっと女装癖???は続きました。20歳くらいのとき、とうとう精神的に参ってしまい拒食症になりました。同時に夢遊病もあり、眠っている間にバイクに乗って移動していたこともあったんです。

この頃、テレビではニューハーフさん達が大人気で・・・私もなりたかった。仕事を辞め、通院しながら繁華街をウロウロしました。ニューハーフになりたかったんです。
 
しかし、当時はネットもなく情報も乏しい時代ですから、そこへ辿り着く術がなかったのです。仕方なく再就職しました。その時は諦めたんです。人との繋がりは一切なく距離を置いて生きてきました。

そんな私に転機が訪れたのは、それから間もなくの事・・・一人の女性との出会い・・・何となく惹かれこの人と一緒に居たいと思うようになりました。今にして思えば私は親の愛情を知りません。彼女に母親を見ていたのでしょうね。

自分が男性として女性とセックスをするということが、とても屈辱的でした。ですから彼女とも結婚後十数年、夫婦生活と呼ばれる行為は殆んどありませんでした。それこそ両手を使って数えることが出来るくらい・・・
 
それでも娘を一人授かりました。

~インターネットを通して~
  それから随分月日は流れましたがインターネットという環境が私を変えました。
 「性同一性障害」ネットを通してそれに辿り着いたんです。それから様々な情報を貪るように調べ、自分が幼い頃から抱いていたものはこれかも知れないと思うようになり、大阪医科大病院のジェンダークリニックの門をたたきました。

それと同時に女性ホルモンの個人輸入代行のサイトを知り、入手してしまいました。 「プレマリン」です。入手してから随分悩みました。今の自分を捨て家族を裏切ってでも自分らしく生きるべきか・・・随分思い悩みました。それでも私は私らしく生きる、そう決めたのです。それにしても涙って枯れないものですね。こっそりベッドで一人どのくらい泣いたことか・・・

私はこれから残りの人生、全てを失ったとしても女として生きる・・・その決断からすぐに1錠目のプレマリンを口にしました。

~カミングアウト~
  家族に内緒で始めてしまったホルモン剤・・・やはり後ろめたい気持ちから沈みがちな顔をしていたのでしょう。パートナーから「隠し事があるやろう!言ってみろ!」と激しく詰め寄られました。遅かれ早かれいずれは話さなくてはならないこと、私は意を決して全てを話しました。これからの人生を女として生き、SRSも受けるつもりですと・・・

床に土下座し必死に訴えました。途中、涙が溢れて言葉にならない・・・それでも胸の中にしまい込んでいた全てを話しました。話し終えたとき彼女は神妙な顔をしたままピクリともせず、ずっと考え込んでいるようでした。暫しの沈黙・・・その沈黙を破ったのは娘でした。

彼女が娘に「○○ちゃん、女になるんやて」と話しかける・・・それに対し娘が返した返事は「ええんちゃう。女になっても○○ちゃんは、○○ちゃんや!」・・・その言葉が家族を形の上でも繋ぎ止めました。

同居はするが夫婦としては、今、終わりにしましょう・・・それが彼女が出した答えでした。それと、このとき自己責任で服用を開始したホルモン剤のことは、「どうして医師の管理下で投与しない!」と、こっ酷く叱られました。
 
お友達には携帯メールでカミングアウトしました。文章を考えてメールを作成しましたが、直ぐに送信する勇気がその時は持てなかったのです。
 
暫らくの間、未送信ボックスに保存してあったメールを意を決して送信したのは七夕の日だったと思います。直ぐに返信が届き、『明日、会おう』と言うことで次の日、お友達との待ち合わせ場所に向かいました。ドキドキして心臓が口から飛び出るのでは?と思うくらい緊張しました。

否定されたらどうしよう・・・お友達を無くすかもしれない・・・色々なことが頭の中を駆け巡りましたが、とにかく会おうと自分を奮い立たせ向かったのです。
 
それで・・・会ってみるとこちらが拍子抜けするくらいお友達は平然としていました。『いいんじゃない、そういう生き方も・・・他の連中には自分から話しておくから心配するな。もちろん他の連中にも、とやかく言わせないから安心しろ』・・・それがお友達からの回答でした。うれしかった・・・うれしくて泣き崩れてしまいました。

会社には正式にカミングアウトする前から、女性の服装をし、メイクも普通にして出勤していました。SRSが決まったとき、上司と相談のうえ会議で全員が集まったときに時間をいただき、正式にお話しさせていただきました。その時点から会社として、私を女性として扱ってくれることになりました。
 
~SRSを終えて~
  こうして、あたしはフルタイム女性として生活していくようになり、バンコクのPAIで念願のSRSを終えた今は、本来の女性としての幸せをかみしめながら新しい人生を歩み始めました。

今は子供がいると戸籍の性別変更ができないという性同一性障害者特例法の改正を待っている状態です。あたしに彼氏がいるように、パートナーにも彼氏がいます。いずれそれぞれの幸せを求め、それぞれの道を歩むことになると思います。


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2007年2月20日火曜日

サバイバル・タイ語

短期滞在の日本人はペラペラしゃべる必要はありません。ただ、現地の言葉をすこしでも使おうとする努力は、気持ちのよいスマイルでむくわれます。言葉のあとに「カー」(男性は「カップ」)をつけるとよりていねいな言い方になります。タイ語には中国語よりさらに多い五声があり、カタカナ表記では微妙な抑揚の違いはとても表現できませんが、サバイバル用としてはあまりきびしく追求しないことにしましょう。コミュニケーションの基本は言葉だけではありません。表情や身振りなどでもかなりの意思疎通ができることをお忘れなく。

おはよう、 こんにちは、さよなら 
     サワディー・カー (男性はカップ)

お元気ですか
     サバイディー・ルー?
元気です
     サバイディー

ありがとうございます
     コゥプクン・カー (男性はカップ)

ハイ、ハイ (うなずく)
      カー (男性はカップ)
はい、そうです
     チャイ・カー (男性はカップ)

いいえ、ちがいます
     マイ・チャイ
だめです、できません
     マイ・ダイ
わかりません
     マイ・カオジャイ
ありません、持っていません
     マイ・ミー
お金持っていません
     マイ・ミー・ターン

おいしいです
     アローイ
とてもおいしいです
     アローイ・マー
おいしくないです
     マイ・アローイ

好きじゃないです
     マイ・チョープ

おねがいです、すみませんが
     コートート

トイレ(ホーンナム)はどこですか?
     ホーンナム・ユーティーナイ?

気分いいです
     サバイ・サバーイ
具合が悪いです
     マイ・サバーイ
痛いです
     ジェブ
ここが痛いです
     ジェブ・ティーニー

大丈夫、気にしないで
     マイ・ペン・ライ

(私の)名前はさちこです
     (ディーチャン)・チュー・さちこ
(僕の)名前はたけしです
     (ポム)・チュー・たけし
(あなたの)お名前は?
     (クン)・チュー・アライ?

きれいです
     スーアイ
あなた(クン)とてもきれいですね
     クン・スーアイ・マー

どこ行きますか?
     パイ・ナイ?
伊勢丹(デパート)まで行ってください
     パイ・イセタン  

これ(ニー)何ですか?
     ニー・アライ?

え、何ですか(聞き返す)?
     アライ・ナ?

いくらですか?
     タオライ・カー?
高いネ
      ペーン・ナー

少し(ノイ)ゆっくり
     チャーチャー・ノイ
もっとゆっくりしゃべって
     プート・チャーチャー・ノイ

ほんの少し
     ニット・ノイ

日本人
     コン・ニープン
タイ人
     コン・タイ
日本語
     パーサー・ニープン
タイ語
     パーサー・タイ
日本料理
     アハーン・ニープン
タイ料理
     アハーン・タイ

タイ料理おいしいです
     アハーン・タイ・アローイ
(私は)タイ料理好きです
     (ディーチャン)チョープ・アハーン・タイ

数え方:
0(スーン)、1(ヌン),2(ソーン),3(サーム),4(シー),
5(ハー),6(ホック),7(ジェット),8(ペート),9(ガーウ),
10(シップ)、20(イーシップ)、30(サムシップ)、
40(シーシップ)、50(ハーシップ)、60(ホックシップ)、
70(ジェットシップ)、80(ペートシップ)、90(ガーウシップ)、
95(ガーウシップ・ハー)、100(ローイ)、
500(ハー・ローイ)、1000(パーン)

2007年2月11日日曜日

Dr. プリチャーを紹介する新聞記事

「性転換手術の王様といわれる男」
シンガポール新聞 ELECTRIC NEW PAPER (2004年12月26日刊より翻訳転載)

尊敬をあつめるこのタイ人の医者はもう3000人の男性を女性に転換し、ほかの医者たちがからかい半分に彼のことを性器の切り取り屋と呼んでいた時代もあったそうだ。
スイスのある患者がガンのために死をむかえようとしていた。昨年彼は自分の病気とは関係ない手術のためタイに飛び立った。その50歳をすぎた患者は一年をこえて生きることはないと宣告されていたが、バンコクのプリチャー医師を訪ねたのは性転換手術のためだった。
プリチャー先生は言う。「彼は心底から女性になりたかったのです。何回も手紙もよこしたし、自分で電話もかけてきました。もし女になれるのならガンと闘う気力もでてきますと言っていました。」
「手術中に彼の体にできているガンの固まりを感触で感じましたが、性転換手術は無事に終えることができました。」
患者はスイスに帰国したのち、その8ヶ月後にガンのため力尽きたそうだ。プリチャー先生にとってもっとも記憶に残るケースだったと述懐する。「彼は最期のときを迎えるまで、どんなに自分が幸せかと感謝の思いを書いたカードを送ってくれました。このような患者がいることが私の仕事の原動力になっているのです。」
子供のいる人から73歳の老人まで多くの人が彼を頼って訪ねてくる。タイの性転換手術の王様と言われるのもこのような背景があるからである。61歳になったプリチャー先生は3000例にのぼる男性から女性への性転換手術を行ったが、女性から男性への性転換手術も150例を行っており、トランスセクシュアルに対す美容整形手術も数千例をくだらない。

失敗手術の後始末が出発点
プリチャー医師が性転換手術のパイオニア的な仕事を始めたのは1978年のことで、経験のない外科医が行った失敗手術のやり直しをするはめになったのがきっかけだった。実際の訓練を受けていない一般外科医がこのデリケートな手術をやろうとして失敗したのだ。先生はGRSを始める前の10年間は美容整形手術を専門にしていて、タイだけでなくアメリカとオーストラリアでも美容整形と再建手術の認定医師資格をもっている。
最近のBBCワールドの報道では、タイは性転換手術では世界水準をいく中心地となったと報じている。プリチャー先生は2004年12月初めに、世界各地から集まった35人のGRS専門家(先生はSRSよりGRSの用語を好むそうである)を前にして公開手術を行った。このワークショップ参加者はワイドスクリーンモニターの前で、27歳のツアーガイド男性の睾丸が除去され、ペニスの皮膚を内壁とする女性の膣が出来上がっていく様子を最初から最後までリアルタイムで観察できたのである。
陰茎皮膚翻転法または膣形成法とよばれるこのデリケートな手術は3時間かかったが、医者たちからは安全な手術といわれているものの、直腸や膀胱を突き破るリスクもあり、そうなると死に至ることさえある。

GRSに関連する美容整形
週に3件から5件の性転換手術のほかに、プリチャー医師はのど仏整形、豊胸手術、脂肪吸引など美容整形手術も行っている。平均して一日5件の手術をこなし、朝9時から午後7時すぎまで仕事する。ロイター通信によると、80%のお客は外国人で、その多くが医療保険のコストが高く、訴訟沙汰の危険をカバーするために高騰する治療費に悩まされているアメリカから来ているとのこと。
ただ、タイには規制が少ないのが懸念される一面でもある。アメリカでは性転換を希望する患者は精神科医による観察が6ヶ月間は必要とされているが、タイ人の患者はたった一回の診察でよい。精神科医は患者が性同一性障害の症状を有するか判断し、後戻りのできない手術であるGRSへの準備をさせる。BNH病院に3年前に移ってきたPAIでは、BNH病院の精神科医による診断のあと性転換適格患者としてPAIに送られてくる。PAIにはプリチャー先生を含め17名のGRS担当医師がいる。

プライベートな顔
プリチャー先生には専業主婦の奥さんがいる。「家族や友人は私の仕事はハードだと言うが、私はただ患者を幸せにできるのを楽しんでいるのだ。家族がいつも私の支えになってくれるのはうれしいことだ。」 
しかしGRSを始めた頃の他の医師たちは理解を示さなかった。「彼らは私が性器をちょん切っているだけだと思い、そんな手術を受ける患者は気が狂っていると思っていたようだ。」
自分でも性転換したいと思ったことがあるか、と聞かれたら? 笑いながら先生は言う、「いや、ないね。聞かれたから言うけど、今でも男でよかったと思っているよ。」
神様になったような気分は?「全然ないね。これは私の医者としての職業だ。体であれ精神であれ、あらゆる可能な方法でできるだけのことをして治療するのが私の医者としての職務だ。新聞に取り上げられるために英雄になったりするつもりは毛頭ない。苦しんでいる患者をしあわせにするのが私の目標だ。」
仕事をはなれた時間は何をして過ごしているか?プリチャー先生の趣味はラテン舞踊だとか。彼のダンスの先生がシンガポールのサンテックシティで開かれた舞踊大会に出場したときは、わざわざバンコクから応援にかけつけたそうだ。

2007年2月7日水曜日

SRSに関連する手術・「豊胸手術」

豊胸手術―Breast Augmentation

乳房は女性の象徴です。MTFの方はSRSに先がけて受けるホルモン治療により乳房が発達し、個人差はありますが普通はAカップの大きさにはなります。身長や体格によりもっと大きいBからCサイズを希望する方には、SRS手術と同時に豊胸手術を受けられますので検討に値します。一回の全身麻酔で、SRSが3時間、豊胸手術が1時間、合計4時間で両方の手術が終了します。回復期間もとくに延長する必要はなく、14日後には帰国できます。

手術費(US$2,800)に含まれるもの
・ ドクター・フィー
・ 手術前問診・カウンセリング料
・ 術前後の診察代・治療費
・ 全身麻酔代
・ 個室にて一泊入院費
・ 医療用具費
・ インプラント代

インプラントバッグについて
豊胸インプラントは「シリコンジェルバッグ」あるいは「生理食塩水バッグ」を使います。

シリコンでは、滑らかで艶がある「スムースタイプ」、またはザラザラした手触りの「テクスチャータイプ」を使用します。テクスチャータイプはスムースタイプに比べて「カプセル拘縮」が少ないのが特徴です。

インプラントの挿入場所について
インプラント挿入には二種類の方法があります。
・ 乳腺下法
インプラントバッグを乳腺の下、大胸筋の上に挿入します。この方法では乳腺を持ち上げ、大胸筋上にポケットを作ります。インプラントの中心が乳首の位置になるように挿入します。

・ 大胸筋下法
インプラントバッグを乳腺と大胸筋の下に挿入します。大胸筋下に挿入することによって、カプセル拘縮が少なくて済み、さらに胸部X腺検査での乳房撮影への影響が少なくて済みます。しかしながら、大胸筋下への挿入ということで乳腺下法に比べ、術後数日間は痛みを強く感じることがあります。

インプラントバッグ挿入を容易に行うのに適当な大きさに、脇の下の目立たない箇所を切開します。切開後は縫合をし、サージカルテープで固定します。術後の回復の為にガーゼで患部の胸部を保護します。

どの手術方法で行うかについては、担当医の十分な診断の下で決定されます。手術の目的はご自身の体形との均衡を保ちながらバストを大きくし、かつ自然な外観を得られるようにすることです。

担当医の診断によって、元々のバストサイズ、ご希望のカップサイズ、大胸筋の大きさなど多くの要素を考慮した上でインプラントのサイズを決定します。

胸がとても小さく出来る限り大きいバストをご希望の場合、インプラントバッグが目立たないように「大胸筋下法」をお勧めします。この場合、カプセル拘縮も少なくて済みます。
スポーツをよく行って大胸筋が大きい方の場合には、「乳腺下法」の方がより動きが楽で自然な仕上がりになります。

合併症の可能性について
・ インプラントを包み込むように周辺皮膜(カプセル)が収縮して固くなった場合、「カプセル拘縮」という現象が起こります。これが起こると、見た目にも感触的にも固く不自然なバストになってしまいます。固くなったバストの対処法はいくつかありますが、場合によってカプセルを除去、あるいはインプラントバッグを交換する必要があります。

・ 一般的に手術中の出血は少量ですが、術後の出血により、稀に大きな血液凝固が起きる場合があります。もしこうなった場合には、凝固した血液を取り除く必要があります。

・ 乳首の感覚が敏感、鈍感、麻痺、あるいは切開部分に多少の無感覚が起きる場合もありますが、これらの症状は時間の経過と共になくなります。

・ 感染症の心配はほとんどありませんが、もしも乳房に感染が起きた場合、インプラントバッグを直ちに除去しなければなりません。その後、再度手術するまでには数ヶ月間待つ必要があります。

・ 稀にインプラントバッグが破れる、あるいは漏れる場合があります。もしも生理食塩水が漏れた場合、バッグが数時間でしぼみ、生理食塩水は体内に吸収されますが無害です。シリコンジェルの場合には、ジェルバッグが破れてもインプラントバッグ周辺の皮膜が破れていない場合には、判別出来ないことがあります。もし胸に強い衝撃を受けた場合には、バッグが破れてしまい、シリコンジェルが周辺組織に流れ出てしまうことがあります。ジェルは乳房内に集まり、周りに新しく瘢痕が形成されます。この場合は再手術によって漏れたインプラントを取り替えます。もしもジェルが破裂してしまった場合、乳房組織内のシリコンジェルを全部取り除くのは不可能なこともあります。

・ 「コーヒーシブ・シリコンジェル」と呼ばれる新しいタイプのものでは、仮に破れることがあっても周辺に流れ出すことはなく、複雑な問題が起きにくい構造になっています。PAIではヨーロッパ製のコーヒーシブ・シリコンジェルを使用しています。

副作用
とくに同時に複数の美容整形手術を行った場合など、副作用の度合いと回復期間に個人差があります。

術後のケア
・ 術後3日目に包帯などを外します。その後は普段通りにお風呂に入れます。
・ 術後3日から5日間は腕の動きは最小限におさえて下さい。
・ 術後3日目にガーゼを取ったあとは、ブラジャーをして形を整えるようにして下   さい。
・ カプセル拘縮防止のために、インプラントを左右にやさしく円形を描くようにマッサージして下さい。
・ マッサージは絶対に無理をしないで下さい。乱暴に揉んだり、力を入れすぎると炎症や皮膜に悪影響を及ぼす恐れがあります。
・ 術後一ヶ月は一日3~4回、一回15~20分のインプラントの運動が必要です。これによってバストの形が良くなった場合、一日1~2回に減らして構いません。
・ 一定以上の年齢の方の場合、定期的に乳房撮影検査(マンモグラフィー)を受けることが必要です。この場合、必ず豊胸手術患者の検査経験のある放射線技師のいる施設で受ける必要があります。場合によっては、豊胸手術後の乳房のしこりや、インプラントの状態を調べるには超音波検査などのさらなる検査が有効です。

麻酔について
全身麻酔で行います。

手術所要時間
約1時間

入院について
一泊の入院が必要です。

回復期間について
5日間から一週間のバンコク滞在が必要です。

(その他の詳細についてはPAI認定のカウンセラーにご相談ください)

2007年2月2日金曜日

GID関連国内医療機関

GID関連国内医療機関(2006年11月現在)

*このリストは各種出版物やウェブサイト、当事者からの個人情報、などから得た情報に基づいて作成されたもので、GID当事者の方々が速やかに希望する治療を受けられるための情報として提供するものです。当サイトが特定の医療機関や専門家などを推薦しているわけではありません。実際にご自身で連絡を取り、足を運ばれ、ご自分の耳や目で確かめ、可能ならばその医療機関にかかった人の体験を聞くなどして判断してください。

*日本精神神経学会が策定した性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第2版)に従えば、治療は精神療法を第1段階とし、ホルモン療法・手術療法については、精神療法の結果をみた上で、第2・第3段階の治療手段として検討することになっています。

*ホルモン療法、手術療法を受ける予定の方は、あらかじめ希望する医療機関に、それらの要件を満たすために何が必要かを問い合わせることをお勧めします。例えば、当サイトが提携するタイのPAI(Preecha Aesthetic Institute)は世界的に認知されたHBIGDAのガイドラインを基準としていますが、日本精神神経学会の治療ガイドラインと大きな相違はありません。

*PAIのSRS許可基準
HBIGDAに基づいたガイドラインに従い、SRS手術を希望する方は以下の要件を満たす必要があります。
1) 精神科医、セラピスト、内分泌医、のいずれかの診断書・推薦状。 2) 18歳以上であること。20歳以下の場合には両親からの承諾が必要。 3) 身体の性と精神的な性の違いに悩んでいる方(性同一性障害者)。 4) 抗アンドロゲン(抗男性ホルモン)又は女性ホルモンを最低1年以上使用されている方。 5) 生物学的性とは反対の性の役割で、最低1年以上、フルタイムで生活した経験をもつ方。

*掲載した医療機関の診療内容や担当医師は変更になっている場合があります。事前に診療日時や予約の必要などを確認の上、訪問するようにしてください。

*下記リスト以外にも、当サイトで把握していない性同一性障害を治療する医療機関があります。リストに掲載されていない医療機関をご存知の方は、当サイトまで情報をお寄せいただければご協力感謝いたします。

〔精神療法の医療機関〕

〔北海道〕旭川医科大学附属病院 / 精神科・神経科
旭川市緑が丘東2条1-1-1
TEL:0166-68-2473/FAX:0166-68-2479
医師名: 石本隆広
診療日時: 火・水・木曜日12:00までに受付
予約の要: 要予約

〔北海道〕 札幌医科大学医学部付属病院/精神神経科
札幌市中央区南一条西16-291
TEL: 011-611-2111
医師名: 小野澤淳(北海道精神神経学会所属)

〔北海道〕 札幌カウンセリングセンター
http://www.counseling.co.jp/
札幌市中央区北2条東1-5-2 サニープリンスシャトー705
TEL:011-219-2159/FAX:011-219-2158
カウンセラー名: 豊島 眞 (臨床心理士)
相談日時: 月~土の10:00-19:00(日曜・祝日を除く)
予約の要: 要予約
備考: 医療機関ではなく、臨床心理士による相談機関です。

〔秋田県〕 笠松病院 / 精神科
秋田市浜田字藍ノ原52
TEL:018-828-2258/FAX:018-828-5557
医師名: 稲村 茂
診療日時: 月~金 午前中
予約の要: 要予約

〔宮城県〕東北大学医学部付属病院/精神科
仙台市青葉区星陵町一番一号
TEL:022-717-7000
医師名: 松岡洋夫 
備考: ホルモン治療も可

〔石川県〕金沢医科大学病院/精神科・神経科
石川県河北郡内灘町大学1-1
TEL:076-286-3511
医師名: 平口真理 (臨床心理士)

〔新潟県〕新潟大学医学部付属病院/精神科・神経科
新潟市旭町通一番地754
TEL: 025-223-6161

〔埼玉県〕 埼玉医大総合医療センター/精神科・神経科
川越市鴨田辻道1981
TEL: 049-228-3605
医師名: 豊島良一・深津亮
予約の要: 要予約

〔埼玉県〕 ふたばクリニック / 精神科・神経科・心療内科
蕨市中央1-10-11 シャロームわらび2F
TEL:048-430-0562/FAX:048-430-0563
医師名: GIDの専門医が担当します
診療日時: 木曜 15:00-19:00
予約の要: 要予約

〔埼玉県〕わらびメンタルクリニック/精神科・神経科
川口市芝新町4-12
TEL:048-267-0525
医師名: 塚田攻
予約の要: 不要

〔千葉県〕 あべメンタルクリニック/診療内科・神経科http://www.abemental.jp/
浦安市猫実4-18-27 サンライズビル2-6F
TEL:047-355-5335/FAX:047-355-6855
医師名: 阿部輝夫 (精神科医)
診療日時: 月~金の9:00-12:00,15:00-18:30 土曜は午前のみ
予約の要: 不要

〔東京都〕 西新宿メンタルクリニック/心療内科・精神科http://www.edit.ne.jp/~mental/
新宿区西新宿1-5-12 ニューセントラルビル3F
TEL:03-3344-2137/FAX:03-3344-2140
医師名: 岩尾光浩
カウンセラー名: 朝倉恵美子
診療日時: 応相談
予約の要: 要予約

〔東京都〕 青山渋谷メディカルクリニック/心療内科・精神科
渋谷区渋谷1-14-14 植村会館ビル2階
TEL:03-5464-5467/FAX:03-5464-5489
医師名: 鍋田恭孝・小羽俊士
カウンセラー名: 5名います
診療日時: 月~土 10:00-18:00
予約の要: 要予約

〔東京都〕 及川心理臨床研究所世田谷区池尻3-16-1
TEL:03-5486-4632
カウンセラー名: 及川 卓 (臨床心理士)
相談日時: 木~日の全日夜間
予約の要: 完全予約制
備考: 医療機関ではなく、臨床心理士による相談機関です。

〔東京都〕 成城墨岡クリニック/神経・精神科
世田谷区成城2-39-2 成城学園ビューハイツ2F
TEL:03-3416-0702
医師名: 墨岡 孝
カウンセラー名: 宮島謙介
診療日時: 月・水・木・金・土 10:00-12:00,14:00-19:00
予約の要: 不要

〔東京都〕 東京慈恵医科大学付属病院/精神科
港区新橋3-19-18
TEL: 03-3433-1111
医師名: 牛島定信 (精神科医)、石黒大輔(精神科医)、森美加(臨床心理士)

〔東京都〕日本性科学会カウンセリング室
港区南青山1-1-1 新青山ビル西館3F長谷クリニック内
TEL:03-3475-1780
予約受付日時: 月水金の10:00-13:00
予約の要: 要予約

〔東京都〕川崎メンタルクリニック
台東区上野7-11-10
TEL:03-3841-9020

〔東京都〕 「みすずクリニック」 心療内科・精神科
港区南青山5-12-6 英ビル6F
TEL:03-3400-7070
医師名: 東美鈴
診療日時: 水・木・金 10:00~13:00/15:00~18:00
予約: 要予約

〔東京都〕 川崎メンタルクリニック
台東区上野7-11-10/TEL:03-3841-9020
医師名: 専門の精神科医が担当します。
診療日時: 火木の15:00-19:00、土の10:00-13:00
予約の要: 要予約

〔神奈川県〕 みなとメンタルクリニック / 精神科・神経科・心療内科http://www.minato-mental.com/
横浜市中区相生町6-109 志村ビル1F
TEL/FAX:045-663-5925
医師名: 荘司理恵子
診療日時: 月~金 9:00ー12:00・15:00-18:00、土は午前のみ
予約の要: 要予約

〔大阪府〕近畿大学医学部付属病院/精神神経科
大阪府狭山市大野東377-2  
TEL:0723-66-0221
医師名: 初診は精神神経科の医師全員で受付
診療日時: 初診は月~木の午前
予約の要: 不要

〔大阪府〕 大阪医科大学附属病院/精神神経科
高槻市大学町2-7
TEL:072-683-1221(内線2357)/FAX:072-683-4810
医師名: 康 純、堀貴晴
カウンセラー名: 岡田弘司(臨床心理士)・二宮ひとみ(臨床心理士)
診療日時: 月曜の午後
予約の要: 要予約

〔岡山県〕 岡山大学医学部付属病院/精神科・神経科
http://www.okayama-u.ac.jp/user/med/psychiatry/
岡山市鹿田町2-5-1 
TEL:086-235-7935
医師名: 黒田重利・佐藤俊樹・大西勝・太田順一郎・岡部伸幸
診療日時: 月~金の8:30-11:00に初診受付
予約の要: 不要(事前電話が望ましい)

〔岡山県〕 岡山県立岡山病院/精神科
岡山市鹿田本町3-16
TEL:086-225-3821
医師名: 中島豊爾 (精神科医)
予約の要: 事前電話が望ましい

〔鳥取県〕鳥取大学病院/精神科
米子市西町36-1
TEL:085-933-1111
医師名: 川原隆造 
予約の要: 事前電話が望ましい

〔徳島県〕 宮内クリニック
http://www.myclinic.ne.jp/miyauchi/pc/
徳島市名東町2-659
TEL:088-633-5535/FAX:088-633-8835
医師名: 宮内和端子・宮内吉男
カウンセラー名: 渡辺真紀子(臨床心理士)・野田陽子(心理精神保健福祉士)
診療日時: 月・水・金 9:30-17:00 (土曜は午前のみ)
予約の要: 不要(事前電話が望ましい)

〔福岡県〕福岡大学病院/精神神経科
福岡市城南区七隅7-45-1
TEL:092-801-1111
医師名: 西村良二
予約の要: 事前電話が望ましい

長崎県〕長崎大学医学部付属病院/精神神経科
長崎市坂本1-7-1
TEL:095-849-7294
医師名: 中根秀之診療日時: 月木の午前中
予約の要: 要予約

〔鹿児島県〕 敬愛会玉里病院/精神科・神経科・内科
鹿児島市玉里町26-20
TEL:099-224-0700
医師名: 中江孝行(精神科医)
カウンセラー名: 大平落明美、中江和子
診療・相談日時: 月・木の14:00-17:00
予約の要: 要予約

〔沖縄県〕 山本クリニック
沖縄県浦添市伊祖2-30-7 1F
http://www.yamamotoclinic.org/
TEL:098-879-3303
医師名: 山本和儀
完全予約制:水・日・祭日休診

〔沖縄県〕琉球大学医学部付属病院/精神神経科
沖縄県中頭郡西原町字上原207
TEL:098-895-3331

〔沖縄県〕 沖縄セントラル病院/心療科
那覇市与儀1-26-6
TEL:098-854-5511
診療日時: 原則として木曜日のみ
予約の要: 要予約

〔ホルモン療法の医療機関〕

〔埼玉県〕 埼玉医大総合医療センター/産婦人科
川越市鴨田辻道1981
TEL:049-228-3400
医師名: 石原 理・斉藤麻紀
予約の要: 精神神経科からの紹介による予約が必要

〔埼玉県〕赤心クリニック
川越市脇田本町25-18
TEL:049-242-8601
医師名: 内島豊備考 (ホルモン治療可)

〔東京都〕 博桜会 古川医院/産婦人科
新宿区西新宿8-5-8 正和ビル2F
TEL:03-3368-8367/FAX:03-3368-0447
医師名: 宇野かおる
診療日時: 月~金 14:00-18:00
予約の要: 不要

〔東京都〕タカナシクリニック
新宿区新宿4-3-15 レイフラット新宿2F
TEL:03-5366-8920/FAX:03-5366-8921
医師名: 高梨真教 (院長)

〔東京都〕伊藤医院
新宿区富久町28-5
TEL: 03-3341-6035
医師名: 伊藤寿夫 (院長) 

〔東京都〕 吉祥寺共立美容外科 / 形成外科・美容外科・皮膚科・心療内科
武蔵野市吉祥寺本町1-18-1 吉祥寺ニュープラザビル8F
TEL:0422-20-9578/FAX:0422-20-9579
医師名: 安田克己カウンセラー名: 安田克己
診療日時: 年中無休 10:00-18:30
予約の要: 要予約
備考: 病診連携を確立しています。

〔東京都〕小滝医院/産婦人科・内科
渋谷区道玄坂2-25-6 堀内ビル4F
TEL:03-3464-7114
医師名: 小滝周曹備考: ホルモン治療可。
予約の要: 事前電話が望ましい

〔大阪府〕フクダクリニック/内科・リハビリテーション科
大阪市中央区島之内2-14-21 堺筋はりまやビル8F
TEL:06-6213-5505
医師名: 福田院長
備考: ホルモン治療可。SRS後のアフターケア診療可。
予約の要: 要予約

〔広島県〕 タナカ小児科 / 小児科・ホルモン内科
http://ped-tana.hp.infoseek.co.jp/
広島市中区広瀬町6-13
TEL/FAX:082-234-1233
医師名: 田中正博
診療日時: 月~日 9:00-18:00 土曜日午後は主に集団セラピー
予約の要: 不要
備考: ホルモン治療を行っています。カウンセリングも随時行っています。

〔熊本県〕 池田クリニック/泌尿器科・婦人科
http://www.ikedaclinic.com/
菊池郡合志町幾久富1866-1332
TEL:096-248-8600/FAX:096-248-7720
医師名: 池田 稔・池田恵子
診療日時: 8:30-12:30、14:30-17:30、水・土曜は午前のみ
予約の要: 不要

〔手術療法・その他の医療機関

〔埼玉県〕 埼玉医大総合医療センター/形成外科
川越市鴨田辻道1981
TEL: 049-228-3636
医師名: 高松亜子・井上義治
備考: 日本で性別適合手術(SRS)を行う数少ない医療機関のひとつ。
予約の要: 事前の問い合わせ必須。

〔東京都〕 ビューティブルーム/脱毛サロン
中野区中野5-32-4 中野ステーションハイツ201
TEL:03-3385-8771/FAX:03-3385-8738
備考: 電気脱毛法で、確実に全身の永久脱毛が可能。GIDの方への特別配慮あり。
予約の要: 要予約

〔東京都〕 和田医院/産婦人科・外科
杉並区阿佐谷南1-47-25
TEL: 03-3316-3232
備考: SRS後のトラブルなどのアフターケアに経験あり。

性同一性障害(GID)用語集

一般的に使われている性同一性障害(GID)に関連する用語を集めたものです。もっと深く掘り下げる必要のある項目は、別の形で取り上げていきたいと思っております。

性同一性障害(GID)/Gender Identity Disorder
身体の性別(sex)と感性の性別(gender)の間に違和感があり、その違和感に堪えきれないほど悩むという障害をいう。精神病でもなく、いわゆる病気の範疇には入らないが、近い将来健康保険適用になることも視野に入れて、精神医学分野の疾患と認定されるようになった。幼児期から違和感をもつケースが多いが、人により成人してから本格的に悩む人もいる。  

性別適合手術/Sex Reassingment Surgery(SRS)
一般的には「性転換手術」と呼ばれているが、趣味や好みで人為的な手術で性別を転換するイメージがあり適切とは言い難いが、「性転換手術」はもう通称となってしまっているので通りやすい名称ではある。また「性別再判定手術」という訳語を使う人もあるが、「判定」という訳語がどうもしっくりこない。
英語の名称からは「性別再指定手術」が一番原語の意義に近い。また頭の感性とは違う形で備わっている性器官を外科的手術により本来の姿に戻し再指定するという意味であり、一番ふさわしいと名称と思われる。しかし、法的な用語としてすでに「性別適合手術」が用いられている現状では、性別適合手術に統一することにした方がよいのではと思います。また参考までに、性自認に身体を合わせる手術という意味で、Gender Reassignment Surgery(GRS)を好む医師もおります。

HBIGDA(Harry Benjamin International Gender Dysphoria Association)
「ハリー・ベンジャミン国際性違和協会」の略語。アメリカの性科学者ハリー・ベンジャミン博士が1966年に作成・出版した「性転換手術の適用のための指標と基準 (Standards of Care)」が、世界中の性転換手術のバイブル的な指針になっている。現在はその第6版まで出版されており、HBIGDA世界総会が毎年どこかの国で開催されている。

MTF (Male to Female)
身体は男性だが感性は女性であるというGIDのケース。正確な統計はないものの、GID患者のおよそ3分の2がMTFであるといわれている。

FTM (Female to Male)
身体は女性だが感性は男性であるというGIDのケース。GID患者のおよそ3分の1がFTMといわれている。

性指向
恋愛や性欲の対象となる相手の性別を指す言葉。相手が異性なら異性愛者(ヘテロセクシュアル)、同性なら同性愛者(ホモセクシュアル、またはゲイ)、男女両方に向けられる場合には両性愛者(バイセクシュアル)と呼ばれる。性同一性障害者の性指向も個人により様々であり、いろいろなケースがあり得ることを理解する必要がある。

性自認
自分が男性である、または女性である、と自分の性別をはっきり認識していること。好きになる相手が異性か同性かは性指向の問題であり、自分の身体と性自認に食い違いがあるのが性同一性障害(GID)である。

セックス/Sex
肉体的な性別のことを指し、性腺の区別や内性器・外性器などを総合して男性と女性に区別される。男性・女性と明確に区別できない場合もあり、性別判定が困難なケースは間性・半陰陽(インターセックス)と呼ばれる。俗っぽく言えば「セックスとは両股の間にあるもの、ジェンダーとは両耳の間にあるもの」。

ジェンダー/Gender
自分の頭や感性で感じている性別のことを指し、狭義には性自認と同じ意味。ただ肉体的な性別よりは社会的、文化的な広がりをもつ言葉として使われることが多い。

同性愛者/Homosexual
同性愛者は身体の性と性自認が一致しており、男性が男性を好きになり、女性が女性を好む、という性指向の状態を指すので、身体と精神の間の違和感や悩みはない。ここが性同一性障害との大きな違いである。一方、身体の性と性自認の違和感に悩む性同一性障害者の場合で、身体の性が「男」でありながら自分を「女」と自認する人が、女性を恋愛の対象にする場合もあり、これも「同性愛」ということになる。

ホルモン療法
身体と精神の違和感をやわらげ、精神的苦痛を軽減するために用いるホルモン療法で、女性化を求める人は女性ホルモン、男性化を求める人は男性ホルモンを使用する療法。SRSに進む前に1年間は続けていなければならない。

リアルライフ・テスト/Real Life Test (RLT)
とくに制度化されたものではないが、自分の求める性において実際に生活して、周囲に違和感を与えず、また自分でもその性になって生活していけるという自信を養うための実生活体験過程をいう。SRSを済ませた後で社会的に受け入れられないと、職場においても私生活においても困難な状況に追い込まれる危険性があるため、この体験過程を軽視してはならない。

カムアウト/Coming Out
同性愛者が自分の性指向を周囲の人に正直に告白して、それまで閉じこもっていた押入から外に出る(coming out of the closet)ことを指す言葉として使われ始め、それがGIDの場合にも同様の意味で使われるようになっている。

パス/Pass/Passing
自分の望む性で生活して、周囲に違和感を与えず社会的に通用することを指す。MTFの場合なら、元の男性ではなく女性と見られ、MTFの男性だとは思われないこと。つまり、FTMなら男性として、またはMTFなら女性として社会的に通用するという意味で使われる。

トランスセクシュアル/Transsexual (TS)
性同一性障害者で、外科的な手術を経て別の性として生きたいと強く望む人を指す。手術前の人の場合は「pre-opTS」,手術後の場合を「post-opTS」と呼ぶ。

トランスジェンダー/Transgender (TG)
性的違和感をもって生きている人で、反対の性での生活を望みながらも、外科手術にまで進むことは希望しない人のことを指す。広い意味では、「トランスセクシュアル」、「トランスヴェスタイト」も含む総称として使われる。

トランスヴェスタイト/Transvestite (TV)
女装者と男装者を含む異性装者のことをいう。精神医学的には、異性装者には身体と感性の性別違和感がなく趣味で異性装を楽しむケースもあり、この人たちはGIDとは区別される。反面、異性装をすることにより性別違和感の解消を図っている性同一性障害者や、リアルライフ・テストの過程で異性装する性同一性障害者もいるので、この両者は混同されやすい。

クロスドレサー/Cross Dresser (CD)
男と女の区別を乗り越えた異性装者のことで、トランスヴェスタイトと同じ意味で使われている言葉。

インターセックス(IS)
「間性」「半陰陽」と呼ばれる、性腺・外性器などの身体の性別が明確に判定できない人々を総称する言葉。インターセックス児が生まれた場合にどちらかの性に判定し、養育上の性に合わせて内・外性器を切除・形成する方法が取られてきた。しかし近年になり、成長するにつれ養育上の性と本人の性自認が一致しないケースが報告されるようになり、世界的に治療方針の見直しがせまられている。

ゲイ/レズビアン (Gay/Lesbian)
通常ゲイは男性の同性愛者、レズビアンは女性の同性愛者を指すが、英語文化圏では「ゲイ」という言葉は両者をひっくるめて言う場合が多い。(例: She is gay.)

クィア/Queer
もともと「変態」の意味をもつ「ゲイ」に対する蔑称であるが、性の多様性を認める社会的風潮が広まった現在では、権利主張の道具として堂々と使用されるようになっている。

シーメイル/Shemale
女性の象徴である発達した乳房と、男性の象徴である大人のペニスの両方を備え持つ人のことを指す。普通は風俗産業で、その特徴を誇示するケースが多い。

ニューハーフ
和製の英語で日本でしか通用しない言葉。タイなどでは「レディーボーイ」、タイ語では「カトーイ」と呼ばれている。男性から女性に性転換した人で、芸能産業や風俗産業に従事する人が多い。中には職業上の必要性のため単に女装しただけの男性もいることがある。

オカマ/オナベ
「オカマ」は女装した男性や、女性的な振る舞いをする男性に対する俗称だが、男性同性愛者のことを指すことが多い。蔑称としてのニュアンスが強いので、当事者にとっては「ゲイ」の方がもっと響きの良い言葉と思われる。「オナベ」は男装した女性や、女らしくない女性に対して用いられる俗称。

ストレート/ノンケ
「ストレート」は異性愛者を指す英語から来た俗称。日本では同性愛者から見て「その気(け)のない人」という意味で「ノンケ」とも呼ばれる。

2007年1月26日金曜日

観光立国タイランド

言うまでもなくタイは観光立国です。首都のバンコクや、プーケット島、サムイ島、パタヤ、ホアヒン、チェンマイなど、ビーチから北部の高原リゾートまで豊富な観光資源をもっています。

またタイ王国は仏教王国として輝かしい歴史があり、国中3万カ所といわれる仏教寺院に支えられた仏教がタイ国民の精神文化に大きな影響を与えているのも、訪問者にとっては貴重な観光体験となります。

物価も日本の半分以下と安く、善意の観光客には安全面でもまったく問題ありません。熱帯の果物や食料は豊富で、タイ料理は世界の三大料理の中に入れられるほどファンがいます。

多彩でエキサイティングなナイトライフはタイ人の想像力の豊かさを感じさせ、その果敢な実行力には脱帽です。しかし、一番の観光資源はタイ人そのものだと言えます。タイ人は仏教の教えからくる天性のやさしさと、男女を問わず微笑を美徳とし、サービス精神あふれたもてなしのできる国民です。自然の魅力とタイ人の人間的な魅力があるからこそ、世界中からやって来る多くの観光客がタイにはまってしまうのです。


タイに国境を接するマレーシアを除けば、6時間半かけてやってくる日本人が最多の訪問客で、2000年以降は年間100万人を越す日本人がタイを訪れています。

メディカル・ツーリズム


観光立国タイの面目躍如たるものがメディカル・ツーリズムです。要するに、医療目的でタイを訪れ、同時に観光まで楽しんで帰国していただくという、タイ政府肝いりの外貨獲得政策です。











すでに外国人患者数は年間100万人におよび、アジア近隣諸国はもちろん、中近東、ヨーロッパ、オーストラリア、アメリカ、日本、などの先進国からお客様を迎えられるだけの実績と実力をもっています。「東南アジアの病院?」という先入観をもった人は、その設備とサービスの良さにまずカルチャーショックを受けるでしょう。
大手私立病院では最新の設備の導入、経験豊富な医療チーム、外国語通訳、常勤日本人スタッフ、一流ホテルを思わせるロビーやオール個室の病室と、細かい配慮の看護サービス、などあらゆる面で外国からの「顧客獲得」を意識して運営されています。有名医師の引き抜き合戦もあり、病院間の競争を意識した企業努力はすさまじく、悪く言えば臆面もない営利企業、その反面顧客サービスは日本の病院など足元にも及ばないといえるでしょう。看護婦などの人手不足に悩む日本とはちがい、タイの病院では豊富なスタッフが24時間体勢でサービスに努めているのは患者にとっては心強いものです。
先進国と堂々と張り合えるだけの内容をもつタイの医療業界ですが、決定的に有利な武器は費用の安さです。ほとんどの医療分野で日本の半分かそれ以下と考えてよいでしょう。日本からの旅費・滞在費を考えてもタイで治療した方が費用的に安くあがるのは、患者側の選択肢としては大きな魅力です。とくに性別適合手術(SRS)のように、日本では実施できる医療機関が少なく、手術実績の蓄積が浅い分野においては、SRS先進国であるタイは有力な選択肢に違いありません。

2007年1月25日木曜日

オール個室の病室

























日本のように大部屋というのはありません。すべての病室が個室で、ホテルを思わせる快適な設備が整っています。ボタン操作で高さやリクライニングが調節できるベッド、付添人のソファベッド、衛星テレビ、パソコン用のLAN、ライティングデスク、シャワー・トイレ、ミニキッチン、食器類、セーフティボックス、など。24時間の看護サービスは当たり前がタイの私立病院です。


<注>PAIは2008年8月よりピヤウェート病院に移転しました。ここもすべて個室です。>